CONSULTANT DIARY川﨑依邦の日々

2026/8/9  川﨑依邦の日々「広島」

8月9日(日)

本日も晴れ。

今更ながら18歳まで過ごした故郷広島の事が思い起こされる。

テレビに映る平和公園が懐かしい。

鳩がたくさんおり、色んな追悼碑があった。

高校生の時、平和公園の傍を通って通学していた。

帰り道はお好み焼き屋で道草したものだ。

「あのお店は今でもあるのだろうか。もう閉まってなくなっているのだろうか。」

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| 投稿日: 2026年08月10日 | 投稿者: unityadmin

2026/8/8  川﨑依邦の日々「81年目」

8月8日(土)

本日も晴れ。

この時期になるとNHK番組では81年目の原爆や、第二次太平洋戦争のことをよく見る。

昨日までの何気ない日常が、突然壊れ死がやってくる。

一般庶民にとってはやりきれない。

今でもガザやイラン、ウクライナ、ミャンマーそしてイスラエル、ロシア等で

理不尽な死があふれている。

平和の大切さをしみじみ知らせてくる。

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| 投稿日: 2026年08月10日 | 投稿者: unityadmin

2026/8/7  川﨑依邦の日々「ひたすら」

8月7日(金)

本日は雨降らず晴れの中、出社。

毎日が修行の日々で一日一日刻んでいる。

朝の散歩、リハビリの継続、そして読書とルーティーンワークを続けている。

ひたすらという言葉がぴったりである。

ひたすらの先に何があるか、それはわからない。

生き続けることがひたすらである。

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| 投稿日: 2026年08月07日 | 投稿者: unityadmin

2026/8/6  川﨑依邦の日々「「ピカドン」の日」

8月6日(木)

本日は晴れの中、出社。

本日は1945年8月6日、広島に原子爆弾が投下された日。

私は広島出身で母は被爆者であり、生き延びて私を産み、

2000年9月27日86歳で死去。

生前、母が「ピカドン」について語ってくれたのを幼い私の記憶に残っている。

「ピカドン」とは原爆のことで、ピカッとしてドンとしたことをいう。

恐ろしく惨い「ピカドン」。

本日、平和の有難さを噛み締める。

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| 投稿日: 2026年08月06日 | 投稿者: unityadmin

2026/8/5  川﨑依邦の日々「暑さ和らぐ、“風薫る”」

8月5日(水)

本日は晴れ。凌ぎやすい風が吹く中、出社。

風薫るといったところか。

徐々に真夏のピークが下がりつつあるのか。

体感温度としてはぎらつく暑さが和らいでいる感じがする。

間もなくお盆か。

10年前に突然死した我が息子が帰ってきそうな気がする。

生きるということは、時にツライものである。

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| 投稿日: 2026年08月05日 | 投稿者: unityadmin