2024/7/30 川﨑依邦の日々「規則正しい生活」
7月30日(火)
13時 大阪事務所にてA社の経営相談。
規則正しい生活をリズムの如く刻んでいる。
朝は4時過ぎから5時までに起きる。
それから散歩に行く。散歩の後は7時頃まで学習。
宅建のテキストと「事業再生」の本に取組む。
夜は20時30分頃に寝る。
昼間は基本的にZoomや面前で経営相談に対応する。
ここのところシャワーは毎日する。
2日に1回のペースで足湯する。
この規則正しい生活ペースを続けていきたい。
2024/7/29 川﨑依邦の日々「人生の金メダル」
7月29日(月)
13時30分 A社のZoom会議。
本日もオリンピックの番組を見る。
金メダルをとった選手の嬉し涙やガッツポーズに「よし」とばかり拍手を送る。
それでも心に残るのは敗者の姿。
柔道の女子52㎏級の阿部詩。
二連覇ならず。一瞬の隙を攻め込まれる。
号泣する阿部詩。
見ているこっちがジーンとした。
ひるがえってこちらの人生はどうであろうか。
人生の金メダルにはほど遠い。
それでも死力を尽くして人生の舞台で輝きたい。
勝っても負けても生き続けたい。
2024/7/28 川﨑依邦の日々「パリオリンピックを見る」
7月28日(日)
本日は、何気なくオリンピックのNHK番組をボーッと見る。
中でも心に残ったシーンは、水泳の100mバタフライである。
池江璃花子が決勝に進めなかった。
大粒の涙を流し、4年後のロスオリンピックでリベンジ、復活を誓う。
敗者の美しさがあった。
十分、彼女はやった。もう十分ではないか。
白血病を克服してパリのステージに立った。
にもかかわらず4年後とは、アスリートの根性、ファイトを感ずる。
2024/7/27 川﨑依邦の日々「川﨑依邦の生きざま」
7月27日(土)
昨年7月6日脳梗塞で入院し、10月7日に退院して以来、
リハビリに励み今日を迎えている。
介護認定は当初、要介護3級から1年後の現在では要支援1級となっている。
右半身の麻痺からの歩みである。このことは奇跡であり、
よくぞ寝たきりにならなくて良かったと天に感謝し手を合わせる。
今はシーエムオーの大阪事務所を主として仕事をしている。
たまに周囲のサポートを得て月1~2回出張している。
そして、今年の6月には東京で「認定事業再生士」の試験に挑んだ。
思うように動かない右手にペンを持ちやりきった。
こうした復活への歩みで自らの生きざまを表したいと念じている。
自らの生きざまとは何か。
【中小運送業の経営に全力を尽くすこと】
2024年の働き方改革の大波に中小運送業は直面している。
生きるかどうかの試練にさらされている。
このときに当たり自分の存在価値とは何か。
1988年から中小運送業の経営コンサルタントとして36年間生き抜いてきた。
今こそこういう体になったが、中小運送業のため微力とはいえ尽くすときではないか。
今年3月からは、時間外手当未払事件で被告として裁判を闘っている。
弁護士にも頼らず、自ら被告として今に至るも裁判を続けている。
この経験も自らの存在価値ではないか。
さらに36有余年に及ぶ経営コンサルタントとして、
数々の労働組合との修羅場をくぐり抜けている。
この経験もまた自らの存在価値である。
また、シーエムオーとして10社以上のいわゆる再生事業M&Aを手掛けている。
経営コンサルタントでありながら中小運送業の経営者でもある。
こうした自らの存在価値、生きざまは自分としては中小運送業の皆様のお役に立つのではないか。
自らの生きざまを通してお役に立ちたいと切に願うものである。
2024/7/26 川﨑依邦の日々「ゲン担ぎ」
7月26日(金)
本日の事務所での昼食は、なか卯のうな重とする。
テイクアウトである。
いつもの昼食は、親子丼、牛すき丼(なか卯)、カレー(松屋)を
ローテーションで回している。
たまにサンドイッチと牛乳(ローソン)。
本日は、気分を変えてうな重とする。
この猛暑を乗り切るためのゲン担ぎである。
夜はハーゲンダッツのアイスクリーム。
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