CONSULTANT DIARY川﨑依邦の日々

2024/5/10 川﨑依邦の日々「アナザーストーリー」

5月10日(金)

12時30分 大阪事務所にて打合せ。

14時 電話会談する。

NHKのテレビ番組「アナザーストーリーズ」で

長嶋茂雄のところを見る。

例の「巨人軍は永久に不滅です」

のもうひとつのアナザーストーリーである。

人の倍以上の練習をこなし、

「僕は天才ではありません。努力の人です」

「孤独に耐える」と言っており、

何よりもファンを大切にする男である。

インタビューは2017年が主である。

少しだけ今年2024年のインタビューもあった。

89歳の男で懸命にインタビューに答えていた。

生き延びている。

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| 投稿日: 2024年05月10日 | 投稿者: unityadmin

2024/5/9  川﨑依邦の日々「人生山あり谷あり」

5月9日(木)

11時 Zoomにて面談A社(千葉県)。

13時 ZoomにてミーティングA社(本社)。

この前購入した「アジア人物史」150ページまで読む。

今は中国の鄧小平のところを読んでいる。

生涯に3回結婚し、3度失脚している。

中国の改革開放の父である。

正に人生山あり谷ありである。

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| 投稿日: 2024年05月09日 | 投稿者: unityadmin

2024/5/8 川﨑依邦の日々「自分の好物」

5月8日(水)

14時 大阪事務所にてA社(千葉県)とZoom面談。

自分の好物は、強いて言えばタマゴ。

それとチーズ、ハム、ソーセージ。

焼き芋も好きだ。果物ではバナナ。

みそ汁にジャガイモもgood。

何でも好き、嫌いなしでおいしく食べる。

世の中には、あれも食べられない、これもダメという人もいる。

今まで変わった食べ物は、ブタの血を固めたもの。

レバーみたいだった。

スッポンも食べた。鶏肉みたいだった。

ゲテモノ(たとえばヘビ、食用の昆虫等)も食べたことがある。

それでも食事は白いお米のおにぎりがうまい。

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| 投稿日: 2024年05月08日 | 投稿者: unityadmin

2024/5/7 川﨑依邦の日々「生きているだけで儲けもの」

5月7日(火)

9時 訪問リハビリ。

11時 大阪事務所にてA社長と打合せ。

14時 ZoomにてB社長(岡山県)と打合せ。

ニーズのある限り対応していく。

ここまで来ると、仕事そのものが生きている証拠というか、

人生そのものである。

今までの人生の大ピンチは、

やはり去年7月の脳梗塞発症にある。

生死を彷徨う大病である。

寝たきりにならなくてヤレヤレ、

私も生かされている。

生きているだけで儲けものである。

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| 投稿日: 2024年05月07日 | 投稿者: unityadmin

2024/5/6 川﨑依邦の日々「連休最終日」

5月6日(月)

「アジア人物史」(集英社版)は、1,050ページもある。

この本を80ページまで読む。20~21世紀の戦後アジア史である。

この本はとことんよくできている。私は歴史好きである。

実に面白く、このペースだと5月中には完読する。

昼11:30~13:00、NHK BS番組の歌番組を見る。

昭和時代の歌である。

中でも島津亜矢の歌う「帰らんちゃよか」は絶品である。

年老いた母が遠くに行った子に帰らんでよかと励ます歌である。

「そらぁときどきゃ 俺たちも 淋しか夜ば過ごすこつも あるばってん

二人きりの 暮らしも長うなって これがあたりまえのごつ 思うよ

どこかの誰かれが 結婚したとか かわいか孫のできたて聞くとも もう慣れた

ぜいたくば言うたら きりんなか 元気でおるだけ 幸せと思わんなら

それでどうかい うまくいきよっとかい 自分のやりたかこつば 少しはしよっとかい

心配せんでよか 心配せんでよか

けっこう二人で けんかばしながら暮らしとるけん

帰らんちゃよか 帰らんちゃよか

母ちゃんもおまえのこつは わかっとるけん」

私も父が亡くなる1ヶ月前の1976年11月に故郷の広島に帰った際、

父は私のホープ1本を取り出して酒を酌み交わした。

父は「広島に帰らんでいい」と言った。

このことを島津亜矢の「帰らんちゃよか」を聞いて思い出した。

父の優しさである。不肖の息子への励ましである。

その父は1976年12月に67歳で脳溢血で突然死した。

朝、仕事に行こうとして玄関でばったりと倒れた。

47年前のことである。

結局私は帰らなかった。

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| 投稿日: 2024年05月07日 | 投稿者: unityadmin