2024/6/9 川﨑依邦の日々「マメ虫」
6月9日(日)
いつもの散歩をする。
歩行をヨチヨチ横切るマメ虫は、
めっきり少なくなっている。
マメ虫はどうなってしまったのか。
いつもだと5~6匹は歩いていたのに今はゼロ。
消えてしまったマメ虫。さみしい。
しっかりと歩いていたマメ虫。
子供の頃、夏の日に私の麦わら帽子が
風に飛ばされ消えたことを思い出す。
季節は過ぎていく。
その時の私は5~6歳だったか。
今は障害者認定2級。
2024/6/8 川﨑依邦の日々「勇気」
6月8日(土)
本日は、8時より昼まで役員会議、
各拠点をオンラインで結んで経営会議。
日々色々なことがある。
ひとつひとつ解決していく。
日々の闘いは続く。
不安やリスクもある。
それでも勇気を振り絞って進んでいく。
勇気とは何か。
ひとつは逃げ出さない。
考えてみれば現実から逃げ出したいこともある。
立ち向かっていく。
それが勇気というものかもしれない。
2024/6/7 川﨑依邦の日々「晃弘への手紙(2)」
6月7日(金)
昨年10月6日にシャバに出てから今日まできました。
11月には白内障の手術をしました。完了です。
部分入れ歯の矯正は3月に完了しました。
脳梗塞の治療(病院通い)は3月に終わりました。
呼吸器内科は経過観察です。
別にガンではないです。大腸ガンもナシです。
訪問リハビリは週2回続けています。
かかりつけ医には、薬をもらいに月1回行っています。
歯医者には、歯の掃除に3ヶ月に1回行っています。
散髪は月1回、1人でタクシーに乗って行っています。
仕事の方は、シーエムオーとしては大きな数字上の変化なくきています。
とは言っても、もう少し頑張りたいです。
杖歩行で歩いています。朝の散歩は毎日30分。
通勤は往復30分×2回で60分。
自宅の廊下を行ったり来たりで30分。
自宅には君の顔写真を飾っています。
いつも心の中で話しかけています。
「天国で僕の生き様を見てくれ」とも言っています。
5時からは、宅建テキストと事業再生の本を7時ぐらいまで読んでいます。
あと昼の隙間で読書をしています。
仕事の来客対応は、主としてシーエムオー大阪事務所とZoomにて行っています。
徐々に行動範囲を広げていきます。徐々に出張します。
君の志は片時も忘れていません。
君は仕事の只中でいわば戦死しました。
申し訳ない気持ちでいっぱいです。
かくなるうえは自らの生き様で示していきます。
時々、君がいないことで弱気になります。
僕が弱気では君が悲しむでしょう。
行けるところまで行くしかないと思っています。
君の弟健志も頑張っています。
それと君の長女も元気ですよ。
君の母やパートナーも元気です。
僕もこういう体になったけど、一応元気です。
2024/6/6 川﨑依邦の日々「晃弘への手紙(1)」
6月6日(木)
昨年7月6日に脳梗塞を発症してから、今日で満11ヶ月経ちました。
病院での入院(去年10月6日まで)は、
完全看護でトイレまで付き添いがあり、移動は車椅子でした。
朝は5時に起きて、朝食(8時頃)まで読書をして、
昼食(12時30分頃)まではリハビリ60分。
あとはベッドで過ごしていました。
午後からもリハビリ60分。そして夕食(18時頃)です。
体の自由がきかないので、どこにも行けません。
面会は14時~16時の間、約1時間お母さんが来てくれました。
夕食後は、寝る20時30分までベッドで過ごしました。
そして、1日2回(朝、夕方)ナースが来て、
血圧、体温等をはかりました。血液検査もありました。
メールのチェックもしました。
テレビはあまりゆっくりと見なかったです。
人生初の入院生活です。10月6日に退院しました。
これが大雑把な僕の入院生活の1日でした。
ベッドの中で君のことも考えていました。
なぜ死んだのか、繰り返し問い続けました。
僕の心の中では、君は34歳5ヶ月のままです。
今度退院してからの手紙を書きます。
本日はここまで。
2024/6/5 川﨑依邦の日々「不安」
6月5日(水)
9時30分 A社来社。打合せ。
13時 B社来社。経営相談。
今日は晴れ。
本格的な梅雨入りはあと1週間ぐらい先か。
そうなると雨合羽を着て杖をついて歩く。
うっとうしい。
今日は晴れだが、今からうっとうしく先行き不安。
しかも、線状降水帯にはまるとどうしたらいいだろう。
今から不安になる。
しかし、不安があっても心配しても始まらない。
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