CONSULTANT DIARY川﨑依邦の日々

[2022/5/5] 川﨑依邦の日々 [ゴールデンウイーク]

5月5日(木)22,436歩、歩行距離 18.4㎞。禁酒729日目。晴れ。

6:00 公園を6周する。約90分。

10:00~14:00 大阪CMOにて内務。

4/29~5/5の7日間、

一日の平均歩行数は20,539歩である。

ゴールデンウィーク期間中の一日20,000歩の目標は、

ぎりぎりクリアーした。

この間、読んだ本は黒岩重吾の初期作品、

佐々木隆三の『裁判長大岡淳三』シリーズ、

それに事業再生に関する本1冊の計3冊である。

世の中は激動の兆しがある。

高止まりする原油価格。

消費者物価はインフレ傾向が続く。

コロナの勢いは弱まったとは言っても元には戻らない。

海外においてもウクライナ、北朝鮮ときな臭くなる一方である。

アメリカでもバイデン大統領の足元がぐらついている。

(トランプの勢いが盛り返しつつある)

中小企業の経営は、先行き不透明である。

倒産件数は年末に向かって徐々に増えてくるに違いない。

中小企業の経営は明と暗にくっきりする。

心して生き残っていかねばならない。

夕方お好み焼きを食べに行く。

ミックス焼きそば、ミックスお好み焼きと

小さいおにぎり2個を食す。

かくしてゴールデンウィークは過ぎた。

5月からはノーネクタイでいく。

2022年も2/3を残すところとなった。

人生はこれからだ、と自分に言い聞かせる。

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| 投稿日: 2022年05月10日 | 投稿者: unityadmin

[2022/5/4] 川﨑依邦の日々 [新しいスニーカー]

5月4日(水)22,914歩、歩行距離 19.5㎞。禁酒728日目。晴れ。

6:00 公園を6周する。

いつもより2周多く回る。

「元気ですねえ。立派なもんですよ」

と顔見知りに声を掛けられる。

公園のバラは真っ赤な大輪の花を咲かせ、爽やかな5月の風が吹いている。

6周もすると90分かかる。

一点の曇りもない青空が広がっていて気持ちも晴れてくる。

9:00 大阪CMO出社。12:00まで内務。

16:00 いつもの銭湯に行く。

番台のおばさんが私の顔を見て言う。

「探したけど靴は出てこなかったよ」

4月30日に風呂から帰る時、無くなっていた靴のことである。

「仕方ないです」と答える。

実は、一ヶ月前に大丸百貨店で新しいスニーカーを購入していた。

5月1日からそのスニーカーに履き替える予定であった。

それで靴が無くなっても

「そうか、不思議なこともあるもんだ」

と特に惜しい気がしなかった。

予定通り5月1日に新しいスニーカーを履いて沖縄旅行に行ったわけである。

客観的に考えれば古い靴は誰かに持ち去られたことになる。

古い靴は、よく頑張ってくれた。

約5年間、一日平均15,000歩の一歩一歩を刻んできた。

これからは新しいスニーカーの出番である。

これまた一歩一歩と生きていく。

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| 投稿日: 2022年05月10日 | 投稿者: unityadmin

[2022/5/3] 川﨑依邦の日々 [沖縄の海]

5月3日(火)21,755歩、歩行距離 15.1㎞。禁酒727日目。曇り。

5:30 ホテルを出る。

漸く沖縄の雨も止む。

一人ジョギングで那覇フェリーターミナルまで行く。

ホテルから30分かかる。

ターミナルの待合室は、人が5~6人とまばらである。

7:00発のフェリーに大型トラックが乗り込んで行く光景を見ながら

那覇空港を目指しジョギングを続ける。

『空港通り』という一本道のロードをひたすら進む。

米軍基地(陸軍)の有刺鉄線に囲まれた所で基地の中を見ると、

トレーラのヘッドが数十台並んでいる。

トラックも約30台も停まっている。

いずれも『〇〇運輸』であり、Gマークシールが貼ってある。

この『〇〇運輸』は米軍基地に食い込んでいる。

かなり大きな運送会社と思われる。

さらにひたすら一本道を行く。

道端の赤いハイビスカスや名も知らない黄色やピンクの花が目に留まる。

モンシロチョウにも出会った。

5月の沖縄の風を感じる。

沖縄は、太平洋戦争の傷跡が今も色濃く残っている。

沖縄戦は1945年6月23日まで続く。

本土決戦の防波堤として徹底抗戦する。

あれから77年経っても、いたる所に米軍の施設がある。

那覇の中心部は行政関連の立派なビルが立ち並んでいる。

恐らく国の助成を得て建てられたものであろう。

人口は140万人。

出生率は1.7人 ― 日本でトップ。

コロナ前の観光客は年間で約1,000万人。

沖縄の経済は軍関連と観光で成り立っている。

1972年に本土復帰して、5月15日で50年となる。

・・・最低賃金は全国ワーストで時給820円、東京の1,041円と比して78%である。

7:00過ぎにホテルに戻り、那覇空港13:40発の飛行機にて伊丹に帰る。

16:00着。

5/1~5/3の沖縄の旅、この3日間でよく歩いた。

一日平均18,000歩である。

私個人としては、土産はひとつも買わなかった。

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| 投稿日: 2022年05月09日 | 投稿者: unityadmin

[2022/5/2] 川﨑依邦の日々 [小雨の沖縄]

5月2日(月)16,223歩、歩行距離 11㎞。禁酒726日目。雨。

終日沖縄、小雨が降りしきる。

11:00 那覇のバスターミナルより片道約2時間のバスの旅をする。

行先は沖縄美ら海水族館である。

那覇南部から沖縄本島を縦断する北部までのバス旅。

沖縄は軍事基地と観光で支えられている。

観光客は日本人の若いアベックと子供連れ、

中国人のツアー客、アメリカ人が主たるものであった。

広い水族館を回る。

大きいジンベイザメがゆっくり回遊している。

約2時間の見学。

17:00過ぎ 那覇に戻り、沖縄料理を食べる。

ソーキそば、島らっきょう、海クラゲのサラダ等である。

その後ホテルに戻り体重計に乗るとヘルシーな食事であったからか、

心もち500gばかりダイエットしている。

小雨の沖縄である。南国の海と空のスッキリとした風景には巡り逢えなかった。

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| 投稿日: 2022年05月09日 | 投稿者: unityadmin

[2022/5/1] 川﨑依邦の日々 [晃弘の事]

5月1日(日)15,937歩、歩行距離 9.3㎞。禁酒725日目。曇り。

沖縄県那覇市への旅行。

11:00過ぎ 那覇空港に着いて元CMOのA君と会う。

晃弘社長と名古屋にあるCMOグループの会社で一緒に働いていた。

「晃弘君は弟思いだったなあ、弟をすごく可愛がっていたよ」

「晃弘君はすごい人だったよ。

彼みたいにはとてもなれなかった」ひとしきり晃弘社長の思い出話に花が咲く。

2016年2月13日晃弘社長が突然死し、早くも6年の月日が流れている。

「晃弘の分まで頑張って下さいよ」

「なかなか晃弘君みたいにはなれませんが・・・頑張りますよ」

川﨑晃弘はそれぞれゆかりのある人の心の中で生きている。

沖縄は終日曇り。

沖縄のホテル泊。

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| 投稿日: 2022年05月09日 | 投稿者: unityadmin