[2022/8/27] 川﨑依邦の日々 「淀川の花火」
8月27日(土)20,258歩、歩行距離 14.9㎞。水中ウォーキング60分(28回目)。曇り、晴れ。
3年ぶりに淀川の花火を見る。
感無量で夜空を仰ぎ見る。
大輪の花火が夜空いっぱいに広がる。
広島の平和大橋にて父に肩車してもらって
花火を見た事をうっすらと思い出した。
4~5歳の頃か。
今淀川の花火を見ている。
人生も花火の如く、
パッと花開いてやがて消えていく。
暗い空には花火の残像が残る。
余韻がある。
夏も終わりつつある。
次の一ページは秋。
かくして時は流れている。
[2022/8/26] 川﨑依邦の日々 「すばらしき世界」
8月26日(金)12,637歩、歩行距離 9.1㎞。曇り、晴れ。
5:30 東京CMOにて内務。
10:00 群馬県A社 役員会議。
14:00 埼玉県B社 リーダー会議。
19:10 新大阪着。
TSUTAYAでレンタルしている「すばらしき世界」
(約2時間。監督:西川美和)を自宅で見る。
原作は佐木隆三の「身分帳」という小説で、
私は本で読んだ事がある。
「すばらしき世界」の主演は役所広司で、
前科10犯の元受刑者(28歳)を演じている。
この男が13年の刑期を終えて満期出所し
更生していく実話に基づいた物語である。
この男は幼い頃母に捨てられ、
以降少年院、ヤクザの道を辿る。
すぐカッとなり、前後の記憶が分からなくなる。
それでヤクザ同士揉め事を起こして相手を殺めてしまい
13年の刑を言い渡される。
持病(心臓病、高血圧)もある為、
出所後は生活保護を受給する。
一日も早く正業に就きたいと
ドライバーを目指すが免許の更新が出来ない。
刑務所の中でも懲罰の連続で
免許の更新どころでは無かった。
そんな彼を周りの人がサポートする。
題名「すばらしき世界」そのものである。
民生委員、役所の人、近所のスーパーの店長、
そしてフリーの物書き。
フリーの物書きは取材でこの元受刑者に近付き、
初めは彼をテレビのドキュメンタリー番組に
登場させようとする。
彼の犯罪歴を詳細に記した身分帳の写しは
1mの高さにもなる。
それを見たフリーの物書きは
本気になって彼を立ち直らせようとする。
28歳の元受刑者は何とか職を見つけようするが
ことごとく上手くいかず、
元の仲間(兄弟分)を頼ってヤクザの道に戻ろうとする。
ところが元の仲間は
「今はヤクザでは食っていけない」と言う。
彼は糖尿病で右足を切断している。
この元仲間が警察に逮捕されようとするシーンが
特に私の心に残っている。
元受刑者はこの逮捕現場に殴り込んでいこうとするが、
元仲間の女房が
「行ったら駄目よ。あんたが立ち直る最後のチャンスよ」
と必死になって止め、彼は踏み止まる。
正に「すばらしき世界」である。
それから元受刑者は役所の人に紹介されて介護職に就く。
協力雇用主の制度を活用する。
車の免許代30万は民生委員やスーパーの店長が用立ててくれる。
民生委員には
「働く中で腹が立つ事があっても辛抱しなさい、耐えなさい」
と言われており、
元受刑者は腹が立つ事があっても耐えた。
ようやくこれで「彼が更生した」と
誰しもがホッとする日々が訪れる。
ところが元受刑者は自宅のアパートで心臓が止まる。
彼の手には職場で一緒に働く同僚
(脳性麻痺の障がいを抱えている)から貰った
コスモスの花が握られていた。
人が生きていく世界は
果たして「すばらしき世界」であろうか。
それでも最後のシーンのコスモスの花は
「すばらしき世界」そのものであると思った。
[2022/8/25] 川﨑依邦の日々 「辿り着く」
8月25日(木)11,201歩、歩行距離 8.1㎞。曇り空(時々晴れる)。
関東1泊2日の旅に出る。
6:00 新大阪発の新幹線で東京へ。
電車を乗り継いで千葉県に辿り着く。
10:00 A社にて家族会議。
終了後、12:30頃葛西駅に着く。
てくてくと約30分かけて東京CMOに辿り着く。
14:00 関東物流経営講座。
15:30 B社 役員会議。
17:00 関東のCMOグループ各社の
実務担当者とミーティング。
終了後は往き道と同様に葛西駅まで歩く。
今にも雨が降ってきそうな空模様であった。
途中でいつもの大衆食堂に寄り、
A定食(蒸し鶏、ポテトサラダ、味噌汁、ご飯/750円)を食す。
私が店に入るとすぐ店のおばさんに
「半ライスですね」と声を掛けられる。
私は「半ライスの人」として
おばさんの頭の中に記憶されているらしい。
20:00頃 ワンルームマンションに辿り着く。
ある日の経営指導の現場を思い出す。
私が着席する。
相手を仮にC社とする。
C社は夫婦2人で経営をしている。
夫が社長で妻が安全管理担当。
車両台数は30台。
「もう疲れました。会社を畳むしかないです」
と夫が口を開く。
いきなりの言葉である。
疲れてしまった理由を聞く。
・・・「そこで奥さんは会社を畳みたいのですか」
「私は続けたいです」
疲れてしまっているのは心である。
心が折れてくるのである。
心というものは折れたとしても元気になるものである。
元気になるのは周囲の励まし、
支え、使命感を感じた時である。
「奥さんは支えると言っておられますよ。
大丈夫。何があっても大丈夫」
C社はその後立ち直って優良会社へと蘇った。
倒産する事無く10年後に息子へ会社を譲るところまで
辿り着いたのである。
人生の旅は様々な想いを抱えて辿り着くのである。
[2022/8/23] 川﨑依邦の日々 「水中ウォーキングは身体と心に良い」
8月23日(火)20,165歩、歩行距離 17㎞。水中ウォーキング60分(27回目)。曇り、時々晴れ。
4:30過ぎ 公園4周。
「いつも早いね」とすれ違う人と声を掛け合う。
7:00~8:30 大阪CMOにて内務。
9:00 大阪府A社 役員会議。
11:00頃 大阪CMOに戻り
スタッフミーティング約30分。
14:00 兵庫県B社 打ち合わせ。
17:30頃 プールにて27回目の水中ウォーキング60分。
右膝に人工関節を入れている男の人(82歳)と
水中ウォーキングしながら会話する。
この人の生活リズムは毎日夕方に水中ウォーキングして
19時過ぎに家に帰る。
夕食を食べながらビールを飲む。
このビールがたまらなく美味しく、
毎回「生きてる証だ」と感じるとの事。
そして20時30分過ぎにベッドに入る。
「プールとビールのお陰か、よく眠れる。
貴方は酒も煙草もやらないの」
「そうです」
「それはそれは残念です。
一杯一緒に飲みたかったのに・・・」。
この人はいつもプールで300mばかりクロールで泳ぐ。
「平泳ぎは膝の関節に負担がかかるので
医者から止められているのです」。
「お互い行けるところまで行きましょう」と
それぞれの健闘を祈る。
プールで歩く事は
「よく眠れる」「高血圧予防になる」
「足腰が鍛えられる」「血流が良くなる」と
この人との会話で確認した。
元々私はいつもよく眠れているし、
高血圧でも無いし、足腰も鍛えている。
それでも水中ウォーキングは
確かに身体と心に良いと実感している。
色々な悩みやストレスは水中ウォーキングしている時には忘れられる。
水中ウォーキングは身体と心に良い。
[2022/8/20] 川﨑依邦の日々 「一日一生」
8月20日(土)10,225歩、歩行距離 7㎞。水中ウォーキング60分(24回目)。曇り、晴れ。
4:00 ビジネスホテルにて起床。
5分間ストレッチ(腹筋、腕立て伏せ、スクワット)をし、
シャワーを浴びる。
5:00~6:30 9月号CMOニュースの原稿作成や
「落日の宴」(著:吉村 昭)を完読する。
主人公川路聖謨は中風(今で言う脳溢血)で
左半身麻痺となり寝たきりになる。
徳川の世が終わる時、
動く右手で古風のしきたりに沿って切腹し、
それでも死にきれず喉にピストルの銃口を当て
引き金を引いて自死する(66歳で死去)。
幕吏としての最期を自死で終える。
同じ幕吏でも勝海舟のように転向して
明治政権に協力した者もいる。
川路聖謨はやはり中風で倒れた事が
自死に繋がった面もある。
毎朝刀の素振りを欠かさずに行い足腰を鍛えていた。
60歳頃には側女に女の子を孕ますほど元気であった。
それでも中風になる。
人の寿命は一寸先は闇である。
6:30過ぎ ホテルにてブレイクファスト洋定食。
パンにバターを付ける時誤ってズボンにバターが付いた。
我ながら不器用である。
7:44 特急りょうもうに乗って一路新大阪へ戻る。
12:00 新大阪着。
13:00過ぎ 24回目の水中ウォーキング60分。
15:00 クラブ温泉に行き、牛乳を2本飲む。
18:00頃 自宅にて録画しておいたNHK番組、
サンドウィッチマンの「病院ラジオ」の
「高齢医療専門病院編」を見る。
病院の患者と家族がラジオのマイクに立つ。
認知症の妻に付き添う夫や
家族の死によって引きこもりから立ち直った
90歳のおばあさんなど様々な人が出演する。
ある31歳の女性は26歳の時に
「スティーブン・ジョンソン症候群」という
徐々に体が動かなくなり目も見えなくなる珍しい難病にかかった。
サングラスをしていてファッショナブルな見た目である。
話し方はたどたどしいが、
元美容師としてよく見えないながらも
病院の患者の髪を一生懸命セットする姿は
実に生きていく希望を感じさせた。
「明日や将来の事は分からない。
今を精一杯生きる」
・・・サンドウィッチマンは味のあるタレントである。
会話のテンポ、間の取り方は流石「プロ」である。
自死する人もいれば懸命に生きようとする人もいる。
31歳の元美容師はボランティアで髪をセットしている。
「セットして綺麗になったと喜ぶ姿に接すると本当にうれしい」と
明るくニコニコと語っていた。
彼女を支えているものは何であろうか。
必ずいつかは目も完全に見えなくなり
歩く事も喋る事も出来なくなる。
それでも明るく生き抜こうとしている。
寄り添っているお母さんの存在も大きい。
支えているものは一日一生の心の強さである。
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