2024/9/6 川﨑依邦の日々「炎天下」
9月6日(金)
9時 訪問リハビリ。
12時 大阪事務所にて内務。
大阪は9月に入っても猛暑が続く。
猛暑の中、杖をついて会社に行く途中
見知らぬ老婦人がどこかの宗教の勧誘をしている。
私にビラを渡そうとする。
チラッと見ると「死なないで」とある。
縁起でもない。受取り拒否する。
思わず「こちらは必死で歩いているんだ。それどころじゃない。」
と言い放つ。そのまま遠ざかる。
遠ざかりながら、あの老婦人もこの炎天下の中、
私の歩く姿を見て思わず声を掛けたのかもしれないと思った。
少しつっけんどんだったかもしれない。
「ご苦労さん」と声を掛けるべきだったのか。
この炎天下の中、それぞれ必死に生きている。
2024/9/5 川﨑依邦の日々「私の生き方」
9月5日(木)
10時 大阪事務所にてA社の経営相談。
13時 大阪事務所にてB社の経営相談。
昨年7月に脳梗塞で倒れた。自分としては初めて3ヵ月に及ぶ入院となった。
入院中は何をどうして過ごしていたのだろうか。
まな板の鯉よろしく主としてベッドの上で過ごしていた。
車いすの生活で、トイレに行くときも病院のスタッフの付き添いで用を足していた。
入院して3週間は腕に点滴をつけて過ごした。
早く点滴をはずしてもらいたいとひたすら日々を耐えた。
3週間が過ぎると点滴がはずれホッとしたものである。
毎朝5時頃目が覚めて、今日も生きていると実感した。
明日のことなど全く思いもよらなかった。転院してリハビリ病院に移った。
その際、車でシャバに出た。わずか10分足らずの引っ越しだったが、
シャバの風景を窓越しに見て感無量であった。シャバはいつもの風景であった。
それからというもの転院先でもベッドの上で過ごし、車いすの日々。
自分でも目に見えて足腰が弱るのを感じる。基本的にリハビリは1日に2回。
それも各1時間くらい。ようやくリハビリで杖をついて100mくらい歩く。
100mを歩くのが精一杯。脳梗塞で右手、右足に麻痺がある。
右手に力が入らないため、ボールを持つとポロリと落ちる。
それでもとくに絶望もしなかった。それよりも早くシャバに出たいの一心である。
10月21日には、シーエムオーの「経営方針発表会」がある。
それまでに出たいと念じる。当時は介護認定3級であり、
病院の医師はせめて年内12月まで入院だと言う。
しかし、「退院したら車いすで生活します。」「自宅もバリアフリーにします。」
「訪問リハビリもします。」等々約束して10月7日に退院する。
今は要支援1級となっている。車いすではなく杖をついている。
今年も10月26日シーエムオーの「経営方針発表会」がやってくる。
なんとかその場に立つ。一日一生で日々生きて、その場に立つ。
これが私の生き方である。
2024/9/4 川﨑依邦の日々「経営相談」
9月4日(水)
10時 大阪事務所にてA社。「給与」について相談。
13時30分 ZoomにてB社と経営ミーティング。
ひとつひとつの経営相談が重い。
相手の状況に寄り添ってアドバイスすることを心掛けている。
どこまでアドバイスが相手の心に届くか。
いつも自問する。
2024/9/3 川﨑依邦の日々「一日一生」
9月3日(火)
9時 訪問リハビリ。
11時 CMO大阪事務所にて内務。
台風10号が過ぎ去った。
それでも猛暑が続く。
私の大切にしている言葉のひとつに「一日一生」がある。
今を生きる。明日のことは思い煩わない。
したがって、明日があるさというよりも
今日そのものに慈しみ生を味わう。
しかし、ときどき過去がよみがえってくる。
自分としては、よくぞここまで生きてきた。
決して人様に迷惑をかけなかった生き方でもない。
むしろ恥ずかしい。
それでも運に恵まれて、こうして今生きている。
かくなるうえは「一日一生」で少しでも人様のお役に立ちたい。
生涯現役を貫きたい。
2024/9/2 川﨑依邦の日々「台風10号week」
9月2日(月)
この1週間は、台風10号week。
近畿、大阪市北区は何事もなく通り過ぎて行った。
唯一8月25日(日)の朝7時の散歩のとき大粒の雨が叩きつけていたくらい。
それもしばらくすると止んでいた。
台風10号は、日本列島を迷走した。
これからしばらく9月中頃まで猛暑が続くらしい。
その後秋がやってくる。
秋が忍び寄ってくるまでもうひと踏ん張り。
暑さに耐えていく。
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