CONSULTANT DIARY川﨑依邦の日々

[2022/3/23]川﨑依邦の日々「働き方改革」

3月23日(水)18,284歩、歩行距離15.6㎞。禁酒686日目。曇り、昼から雨。

5:00 近所の公園4周。60分。9km。

8:30 歯のメンテナンスのために歯医者へ行く。

予約なしで行ったため約1時間待つ。

ドクターの隙間の時間にて治療してもらう。

14:00~15:30 大阪CMOにて内務。

15:30~17:30 大阪CMOにてA社メンバーと勉強会。

18:00~19:30 大阪物流経営講座(第384回)。講師を務める。

テーマは給与改革である。

「働き方改革」への対応策として

生産性向上のための給与、コンプライアンスを守る給与

についてケーススタディに基づいて解説する。

時間軸のみで給与を支払う仕組みだと

長時間労働の削減によって給与は下がる。

そこで生産性の向上と連動する給与のケーススタディについて紹介する。

働く喜び、充実(やる気の向上)は

自らの力によって給与を上げていける仕組みの中で育まれる。

単に長い時間のみでは苦役となる。

「働き方改革」は楽をして人生を生きていく改革であってはならない。

現状を変革することにチャレンジし、

仕事の生産性を上げていくことが「働き方改革」の神髄である。

カテゴリー: 川﨑依邦の日々
| 投稿日: 2022年03月24日 | 投稿者: unityadmin

[2022/3/22]川﨑依邦の日々「就職記念日」

3月22日(火)18,163歩、歩行距離12.7㎞。禁酒685日目。雨。

5:00 近所の公園4周。60分。9km。

7:30 社長とミーティング。

11:00 A社長と一緒に銀行に行く。

16:00 大阪CMOにてオンラインでB社長と面談。

17:00 大阪CMOにてC社長と面談。

3月22日は私にとって就職記念日である。

1977年3月22日、社会人としてスタートした日である。

東京から電車を乗り継いで徳島にて入社式を迎えたのである。

新幹線で岡山まで行き、高松まで宇高連絡船に乗っていく。

高松で降りて大きな公園(栗林公園)を散歩した。

桜のつぼみが顔をのぞかせていた。

それからいよいよと思って高徳線(高松から徳島行)に乗り、

未知の土地へと行ったのである。

いままでの時代にさよならして

これから次のページを開いていく、

ゼロからの第一歩を踏みしめていく気持ちであった。

俵万智さんのサラダ記念日

「『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」

ならぬ

「三月二十二日は就職記念日」である。

今年で満45周年である。

自分一人で生きているのではない。

出会う一人一人に助けられてきた。

感謝あるのみ。

過ぎ去った日は返ってこない。

「今」があるのみ。

「今」を精一杯生きていくことが大事である。

「就職記念日」にあたって自らに言い聞かせる。

「初心を忘れるな。

不安の中でこそ次の1ページをめくった時の

『ファイト』精神を思い出せ!」

…人生はこれからも続く。

「ファイト」の一言に尽きる。

カテゴリー: 川﨑依邦の日々
| 投稿日: 2022年03月23日 | 投稿者: unityadmin

[2022/3/21]川﨑依邦の日々「3連休」

3月21日(月)17,181歩、歩行距離14.4㎞。禁酒684日目。曇り。

6:00 近所の公園4周。60分。9km。

8:00~11:00 大阪CMOにて内務。

4月のCMOニュース、原稿作成等。

夕方は韓国ドラマを続けざまに3本見る。

一旦見ると続きを見たくなってしまう。

時代劇である。

娘を殺された父親の奮闘ぶりを軸として展開する。

スリルに満ちた展開である。

たしか題名は「チェイサー」。

全シリーズで16話ぐらいあり、

この3連休で6話まで見た。

韓国ドラマを楽しんだ3連休であった。

カテゴリー: 川﨑依邦の日々
| 投稿日: 2022年03月22日 | 投稿者: unityadmin

[2022/3/20]川﨑依邦の日々「お彼岸の墓参り」

3月20日(日)15,075歩、歩行距離13.2㎞。禁酒683日目。曇り。

6:00 近所の公園4周。60分。9km。

8:00~9:00 大阪CMO内務。

その後、お彼岸の墓参りへ。11:00着。

13:00~15:00 大阪CMOに戻り、内務。

日本のリーダー全15巻(TBSブリタニカ)

をようやく5巻まで読み進める。

全シリーズ読破はこのペースだと6月末ぐらいまでかかる。

一旦読み始めると完読を目指す。

この本は伝記みたいなもので、

1冊に5人分が紹介されているため

全部で75人の伝記を読むことになる。

いろんな生き方があるものである。

お墓にて手を合わせて

川﨑晃弘社長(私の長男、34歳5ヶ月、2016年2月13日死去)、

川﨑勘作(私の父、67歳、1976年12月16日死去)、

川﨑アサ子(私の母、86歳、2000年9月27日死去)

に頭を垂れる。

いつの日か私も墓に入る時が来る。

それまでは一日一日精一杯全力で生き抜いていく。

日本のリーダーシリーズ(伝記)を読むと

一人一人の人生にはいろいろなことがあると感じる。

文字通り山あり谷ありである。

寿命は天命である。

生かされていることに感謝する。

お彼岸の日においしいものを食すのも人間の知恵である。

おはぎを2つとモロゾフのプリンとチーズケーキを1つ食す。

死んだ人、私の長男晃弘や父、母に恥じない生き方を墓前にて誓う。

そして守ってくださいともお祈りする。

カテゴリー: 川﨑依邦の日々
| 投稿日: 2022年03月22日 | 投稿者: unityadmin

[2022/3/19]川﨑依邦の日々「世相」

3月19日(土)15,794歩、歩行距離13.8㎞。禁酒682日目。曇り、雨。

6:00 近所の公園4周。60分。9km。

いつもと1時間遅いと公園で出会う人の顔ぶれも変わる。

犬の散歩の人が増えてくる。

9:00~15:00 大阪CMOにて内務。

3月の物流経営講座での講演内容をチェックする。

15:00過ぎ 風呂屋に行く。

朝日新聞「声」欄をまとめた

「声」(朝日文庫)の1945年~1947年版を読む。

1945年8月15日に日本が太平洋戦争に敗戦した頃から

2年間の投書欄である。

一口に敗戦のショックとは言いながらも

敗戦の翌日からケロリとしてこれからしっかりと生きて頑張ろう

と呼び掛けている声が多い。

食糧難の時代である。

農家から野菜を盗んだ野菜泥棒を叩き殺した農民が

無罪となったことを取り上げて野菜泥棒を取り締まれ

と投書しているものもあった(1945年8月3日付)。

野菜を盗んで叩き殺された人は

今から思えば哀れなことこの上ない。

「女性に足袋を履かせよ」(1945年9月6日)との投書もある。

アメリカ兵の進駐にあたって

アメリカ兵は女性の素足に異常な関心を示すので

足袋の配給を急げというものである。

黒だろうが白だろうが構わないので

一日も早く配給をお願いするとある。

着る服もない時代である。

「声」の投書を読むと

1945年~1947年の時代の世相をつくづく感じる。

今の時代はようやくコロナの重圧が薄れつつある。

街に人があふれ出す。

これからどんな世相が展開していくのであろうか。

カテゴリー: 川﨑依邦の日々
| 投稿日: 2022年03月22日 | 投稿者: unityadmin