[2021/12/5]川﨑依邦の日々「100冊の本」
12月5日(日)14,381歩、歩行距離9.8㎞。禁酒578日目。晴れ。
10:00~14:00 大阪CMOにて内務。資料作成等。
今年読んだ本の数は現在のところ89冊である。
今年も残すところあと1ヶ月弱。
100冊には届かないかもしれない。
ペースを上げて100冊をクリアーしたい。
それにしても年々本棚に本が増えてくる。
再び読み返したい本があっても追いつかない。
どこかで処分しないといけない。
そう思いつつ1年、また1年と過ぎていく。
「断捨離」には思い切りがいる。
あの世には何も持っていけない。
身一つ消えていって、灰になる。
金も名誉もいろんな思いもあの世には持っていけない。
とはいっても今は生きている。
そう考えると目の前の本も捨てにくい。
本の一つ一つに思い出がある。
欲というか、未練というか、
なかなか「断捨離」は踏ん切りがいる。
最期にひとつだけ持っていけるとしたら何を持っていくか。
これもすぐには思いつかない。
最期に食べる食事はどれにするか。
これも迷う。
まだまだ先があると思ってしまう。
とはいっても寿命というものがある。
運命がある。
あの世に行くその時までもがいていくしかない。
2021年もあと少し。
本100冊は読破したい。
[2021/12/4]川﨑依邦の日々「新しい出発」
12月4日(土)16,390歩、歩行距離14.4㎞。禁酒577日目。晴れ。
10:00~11:00 CMOグループに入ったA社の全体会議。
A社のドライバー、事務員約20名を前にして
シーエムオーグループ入りしたことについて説明する。
これからA社の新しい出発である。
如何にしてA社を立て直していくか。
これからの3ヶ月、1ヵ年が命運を分ける。
やれることを全てやり切っていく。
全力を尽くすのみである。
不安を乗り越えて一つずつ進むしかない。
メインスローガンは「入るをはかって出ずるを制す」。
勇気を振り絞ってやり切っていく。
経営改革は待ったなし。
12月、1月、2月の3ヶ月でどこまでやりきるか。
とにかくやるしかない。
先頭に健志社長がいる。
私も最前線にいる。
思えば闘いの連続である。
人生は「燃える闘魂」である。
闘志が失せたら退場するしかない。
闘いのゴングは新しい出発の合図である。
マットに沈むことなくリングに立ち続けることだ。
[2021/12/3]川﨑依邦の日々「同窓会」
12月3日(金)8,872歩、歩行距離6.3㎞。禁酒576日目。晴れ。
関東出張。
10:00 埼玉にて銀行交渉。
14:00 A社。
移動中、
小学校の同級生から「弟が死亡したので年賀状は無し。」
との連絡が入る。
60年ぶりの声である。
小学校6年生の時の担任の先生は「健在」とのこと。
担任の先生(85歳)が「健在」のうちに
2022年春ごろ、同窓会をしようと話し合う。
同級生も現役をリタイアしたもの、
あの世に逝ったもの、
未だ第一線で活躍しているもの、
人それぞれの人生である。
少子高齢化である。日本の人口も年々減っている。
日本の平均年収は約420万円で、韓国は約460万円である。
20年前の日本は約420万円、韓国は約220万円であった。
いかに日本はこの20年で成長していないかがよくわかる。
非正規雇用の数が年々増えている。これから先どうなるか。
それでも「同窓会」となると懐かしい顔が揃ってくる。
「今までよく生きてきた。人生あっという間」
との想いを共有することとなる。
2022年の春が楽しみである。
[2021/12/2]川﨑依邦の日々「はじめの一歩」
12月2日(木)17,209歩、歩行距離14.8㎞。禁酒575日目。晴れ。
11:00 A社。
14:00 B社。
16:00 大阪CMOにC社長来社。
毎日順調に軽く腕立て伏せ30回とスクワットを続けている。
効果の程はさほど実感していない。
とはいっても駅の階段はスイスイと苦にもならない。
日々のスロージョギング60分も続いている。
何事もはじめの一歩から。
一歩踏み出す。
ふと後ろを振り返ったときに
思えば遠くまで来たもんだと実感する日が来る。
生まれてこの方、確かに遠くまで来た。
あっという間である。
一方で山あり谷ありの波乱の日々もくぐり抜けてきた。
過去は済んでしまったことである。
前を向くしかない。
一歩一歩の明日がやってくる。
くよくよしても始まらない。
明日に向かって新しいページを開いていく。
継続は力なりである。
とにかく「はじめの一歩を!」と自らを励ます。
いつか歩けなくなるその日まで“はじめの一歩”と前を向く。
[2021/12/1]川﨑依邦の日々「晃弘社長へ」
12月1日(水)17,250歩、歩行距離13.9㎞。禁酒574日目。晴れ。
9:00~10:30 大阪CMOにて打ち合わせ。
13:00 A社。
16:00 B社長と打ち合わせ。
晃弘社長へ
12月1日、
西尾社のA社をシーエムオーのグループ会社にしました。
かれこれ10年ぐらい前に君と一緒にこの辺りをうろつきました。
建設残土を保管する土地を探す為です。
あれから月日が流れました。
このたび850坪の土地を車庫として
A社が正式にシーエムオーのグループ会社になりました。
代表取締役は君の弟、川﨑健志です。
生き残った者は日々苦闘しています。
それでも君の「志」を胸に一歩一歩行軍しています。
ダンプ5台、建設機械3台、ドライバー7人を事業譲渡して
拠点づくりの土地を名古屋のプレジャーから君の車に乗って探したのです。
たしか車番は2-25車(弟、健志の誕生日2月25日にちなんでいます)。
コンビニに立ち寄り「ちょっと疲れた。」
と言って車の中で昼寝したこともありますね。
結局はこの時の事業譲渡はうまくいきませんでした。
副産物として私は国家資格の施工管理技士2級に合格しました。
あれから約10年。
再び西尾市にカムバックしました。
今回はA社が持続し成長するように頑張ります。
2021年12月1日現在でシーエムオーのグループ会社は8社です。
これからも一つずつ増えていきます。
どうか空高く見守ってください。
同行二人の戦いは続きます。
- 最近の投稿
- アーカイブ
-
2026年
2025年
2024年
2023年
2022年
2021年
2020年
2019年
2018年
2017年
2016年
2015年
- カテゴリー