[2021/12/25]川﨑依邦の日々「松田聖子」
12月25日(土)13,187歩、歩行距離9㎞。禁酒598日目。くもりのち晴れ。
8:00~13:00 大阪CMOにて内務。
年内にやるべき仕事の整理をする。
予測が外れる。
松田聖子は紅白出場を辞退した。
間違いなく松田聖子は紅白に出場すると思っていた。
当分は彼女の復活はない。
しかし、必ず復活すると信じたい。
もう一回「青い珊瑚礁」の澄み切った歌声を聞きたいものである。
女性の生き方として自由にやりたいようにやってきた彼女を尊敬し、
あこがれるファンは多い。
やはり愛娘の死は大きい。
女性週刊誌によると母と娘の交流はここ7年間もなかったと聞く。
それでも腹を痛めた子の突然死は彼女を直撃したということであろう。
今はそっとしておいてほしいとの気持ちであろう。
それにしても生きるということは
予測もしないことがふりかかってくる。
つらい事である。
悲しい事である。
それでも生き続けていかなければならない。
まもなく2021年は過ぎていく。
2022年はどんな年になるであろうか。
人が目に見えない何物かに手を合わせて
無病息災や幸せを祈るのは自然なことである。
祈ることで心の平安を保っていく。
松田聖子の復活を祈る。
[2021/12/24]川﨑依邦の日々「生きているだけで儲けもの」
12月24日(金)16,017歩、歩行距離10.9㎞。禁酒597日目。くもりのち小雨。
10:00 大阪CMOにて銀行と打ち合わせ。
15:00 大阪CMOにてスタッフミーティング。
いよいよ2021年も大詰めとなる。
2022年に向かって心の準備をする。
今夜はクリスマスイブ。
街中ではイルミネーション真っ盛り。
またひとつ年をとっていく。
今のところ物忘れは激しくない。
スケジュールも手帳を見なくてもおおむね頭に入っている。
とはいっても人の名前がスムーズに出てこない時もある。
喉まで出かかっても出てこない。
しばらくすると頭の中に明かりがついたようにぱっと出てくる。
朝の公園でのスロージョギングも順調である。
いつも「元気ですね。」とすれ違う人とお互い声を掛け合っている。
ときどき「腰が痛い。」と言う人もいる。
私も2019年10月21日の腰強打による圧迫骨折のなごりがあり、
疼く日もある。
雨が降る夜の公園で乗っていた自転車から転げ落ちた時の事である。
あの時の事は日付まで頭に刻んでいる。
圧迫骨折は自然に回復した。
あの時、頭を強打していたらと思うとゾッとする。
まもなく2022年を迎える。
“生きているだけで儲けもの”である。
[2021/12/23]川﨑依邦の日々「ぴったりのメガネ」
12月23日(木)16,067歩、歩行距離11.2㎞。禁酒596日目。くもりのち晴れ。
関東出張。
10:00 A社。
15:00 B社。
流転の海第2部「地の星」(宮本輝作)読了。
これで2021年の年間読書数が100冊となる。
まだまだ読みたい本がいっぱいある。
どこまで読めるか。
いけるところまでいく。
学習本の「事業再生・倒産実務全書」は約200ページまで進む。
全体で約800ページあるため4分の1までくる。
この本は重い。
専門書は、いまさら資格試験を受けるわけではないので
コンセプトの理解をしっかりするために読んでいる。
本を読む楽しさはどこにあるか。
ケーキを食べたりすることとは違い、
読書の楽しみは知的な面白さにある。
いまのところ拡大鏡を使わなくても字は充分読める。
とはいっても拡大鏡があればもっと良い。
どこか100円ショップあたりで拡大鏡を入手してみようと思っている。
不思議なことに近視の度数は和らいでいる。
裸眼で視力0.4である。
かつては0.1ぐらいだったのに不思議である。
老眼もあまり進んでいない。
メガネをかけると視力は0.8ぐらいとなる。
メガネを掛けなくても特に不自由はないが、
読書となるとメガネが良い。
それでも自分にぴったりのメガネにはまだ出会っていない。
そのうちぴったりのメガネに会う日がくるかもしれない。
[2021/12/20]川﨑依邦の日々「師走のショッキングなニュース」
12月20日(月)23,106歩、歩行距離19.2㎞。禁酒593日目。晴れ。
一路、東京へ向かう。
11:00 A社。
終了後、名古屋へ向かう。
15:00 B社。
そして大阪へ。
18:00 ローカルネットの会議。
大阪の会議は北新地のホテルである。
途中、白い菊の花がたくさん飾ってある場所を通る。
24名が一酸化炭素中毒で死去したクリニックである。
なんということか。
まさに言葉もない。
24名に哀悼の意をささげ、手を合わせる。
亡くなった人の親の気持ちは…。
理不尽、絶望、喪失感…言葉には表せない。
神田正輝(70歳)と松田聖子(59歳)の娘も突然死去した。
これまた親にしてみればショックが大きすぎる。
それでも松田聖子は年末の紅白には出場すると思う。
松田聖子のタレント根性は並ではないと思っている。
タレントを辞める決断をしないかぎり、
彼女は紅白には出てくる。
ただし歌う曲は明るいものではないと思う。
ひょっとすると彼女は
クリスマスのディナーショーもやりきるかもしれない。
しかし、紅白に出る可能性が100%とすると
ディナーショーは50%くらいかもしれない。
松田聖子ちゃん、あえてちゃん付けをするが、
彼女はファンの期待に応えて復活すると信じる。
それにしても師走はショッキングなニュースが続く。
2021年もあとわずか。
10日あまり。
生きているかぎり1日1日生き抜いていく。
[2021/12/18]川﨑依邦の日々「本と宝くじ」
12月18日(土)20,691歩、歩行距離14.5㎞。禁酒591日目。晴れ
10:00~13:00 大阪CMOにて内務。
今日は昨日よりも寒い一日。
午後、近くの図書館に行く。
年末年始用に本を4冊借りる。
いずれも明治、大正、昭和の小説家である。
いまさら本屋で買うのも難しいので図書館にて借りる。
室生犀星「幼年時代」、木下順二「夕鶴」、
石坂洋次郎「若い川の流れ」、伊藤佐千夫「野菊の墓」である。
本を選ぶ基準にこれといった確かなものはない。
何気なく手に取るといった感じである。
ページを開いて新たな世界との出会いがあるのが
本を読む楽しみでもある。
街を歩くと宝くじ屋が目に付く。
宝くじは買って、当たるかどうかの日々が良い。
しかし実際に大当たりはしない。
私も宝くじで大当たり(1万円以上)を当てたことはない。
したがって私は買わない。
当たるかどうかわくわくするより
とにかく年末を乗り切る日々の方が緊張する。
それでも宝くじを買おうとする人の気持ちもわかる気がする。
人はそれぞれの楽しみを味わうものである。
宝くじを買おうとする人は
宝くじの中に夢を見て味わうわけである。
私は本の中に人生を味わう。
本の中や宝くじを買うときの当たるかどうかの日々も
ひとつの楽しみである。
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