[2022/4/28] 川﨑依邦の日々 [ゴールデンウイーク]
4月28日(木)8,186歩、歩行距離 5.8㎞。禁酒722日目。曇り、晴れ。
関東日帰り出張。
10:00 A社長とミーティング。
15:00 B社 「経営方針発表会」
21:00頃 新大阪に辿り着く。
駅のタクシー乗り場に行くと珍しいことに100mくらいタクシー待ちの行列ができていた。
スーツケースを持った家族連れが目立つ。
(ゴールデンウイークで里帰りや大阪に遊びに来ているのだな)と実感する。
目の前の温度計の電光掲示板を見ると21℃である。
初夏がやってきており、過ごしやすい季節である。
私のゴールデンウイークの計画は5/1~5/3沖縄に行く。
あとは大阪CMOにて出勤し、本の整理と資料作成をする。
これから読むべき本のリストも作る。
ゴールデンウイークが終わるといよいよ真夏の足音が聞こえてくる。
2022年も折り返しとなる。
一日一日が矢の如しである。
今のところ健康であり、体重も増えていない。
血糖値も血圧も正常である。
ゴールデンウイーク中はいつもより歩きたい。
一日20,000歩はいきたい。
明日の希望を胸に歩く。
心のストレスや憂いが晴れてくるだろう。
ストレスは仕事のプレッシャーであり、
憂いは(これから先どうなるのか)といった漠然とした不安である。
私のゴールデンウイークは1日20,000歩を歩く一週間にする。
[2022/4/27] 川﨑依邦の日々 [あちこち人生]
4月27日(水)19,560歩、歩行距離 16.6㎞。禁酒721日目。曇り。
5:00過ぎ 公園4周。曇りで小雨がぱらつく。
7:00~11:00 大阪CMO内務
11:00 大阪CMOにてA社長と面談。給与についての相談。
15:00 B社 「働き方改革」への対応策についてミーティング。
大阪駅からJR新快速にて明石へ。
山陽電車にて明石から姫路方面に行く。
1時間半かかる。
JRの電車内では約40分ウトウトする。
山陽電車では約50分読書をする。
あちこちに行く。
人生は旅である。
18歳までは広島で過ごす。
それから概ね東京暮らし。
27歳の時に徳島へ行く。
そして30歳を過ぎてから大阪へ。
そこから経営コンサルタント人生がスタートする。
全国47都道府県の内、秋田と山形だけは行っていない。
北は北海道から南は沖縄まで旅をしてきた。
韓国へは2年ばかり月2回のペースで仕事のため行っていた。
いろいろな風景と人に巡り合ってきた。
生きているといろいろな事がある。
それぞれの場所で一人一人懸命に生きている。
これからもあちこち人生は続く。
[2022/4/26] 川﨑依邦の日々 [あとひと踏ん張り]
4月26日(火)19,160歩、歩行距離 16.4㎞。禁酒720日目。曇り、小雨。
5:00 公園4周
7:30~8:30 大阪CMOにて内務。
9:00 A社 資金繰りチェック。
11:00 B社長と面談
14:00 銀行の担当者と面談。
18:00 C社長と会食。
途中電話にてD社の労務相談の対応をする。
B社長は80歳を超えている。
暑い日も寒い日もきちんとネクタイをしている。
月一回ペースで15年以上にわたって経営相談をしている。
ここ最近のテーマは「事業承継」である。
B社長は元気に経営者の責任をしっかりと担っている。
とは言っても確実に体力は弱ってくる。
B社長云く「まだまだこれから。あとひと踏ん張りですよ」
「そうですよ、あとひと踏ん張りしてください」
〝あとひと踏ん張り″いい言葉である。
くじけそうになったり、もうダメだと思っていても
〝あとひと踏ん張り″と言い聞かせる。
4月24日北海道・知床の事故で乗客の一人が妻に電話したとの事である。
「船が沈みそうです。今までありがとう」と最後の電話で妻に感謝を伝えた。
沈んでいく船の中で妻に電話で感謝の気持ちを伝えることが
〝あとひと踏ん張り″であったと思う。
人生は何があるか分からない。
それこそ一寸先は闇である。
だからこそ〝あとひと踏ん張り″と自らに言い聞かせて行けるところまで行く。
気がつけば1988年にCMOを創設してから34年が経った。
これからも〝あとひと踏ん張り″で生きていく。
[2022/4/25] 川﨑依邦の日々 [がむしゃらに生きる]
4月25日(月)21,462歩、歩行距離 17.9㎞。禁酒719日目。晴れ、曇り。
5:00過ぎ 公園4周
7:30 社長と早朝ミーティング
10:00 A社 ミーティング
14:00 B社 幹部会
「浮浪児1945―戦争が生んだ子供たち」(石井光太)を完読する。
1945年3月10日の東京大空襲、敗戦、戦後の混乱の中、
上野の地下道で暮らす約3万人とも言われる浮浪児の壮絶サバイバルの実話である。
家もなければ食べ物もない。
物乞い、窃盗、スリ・・・生きるためにあらゆる事をする。
年齢は10~12才くらい。
野良犬を殺して食べることもある。
浮浪児のその後も取材している。
概ね80歳くらいになっている。
億万長者になった人もいれば生活保護を受ける人、
死刑囚になった人もいる。
生き抜くうえで大切なものは「がむしゃら」であると多くの元浮浪児は言っている。
とにかく生きる。
「がむしゃら」に生きる。
作者の石井光太のあとがきにて
「裸一貫で子供たちが上野の地下道や闇市を生き抜いて
今という時代を作り上げる事ができたならば
自分たちだって困難を乗り越えて未来をつくる可能性を持っているはずだ。
そう考えると人生の先達に励まされ背中を押してもらえるような気持ちになれるのだ。
そうやって人生を一歩ずつ着実に進んでいった先に
自分たちなりの幸せを見出すことができるのではないかと思っている。
そして50年、60年経った時初めて私たちもまた若い世代の人たちから
『がむしゃらに生きた』と言ってもらえるようになるのではないだろうか」
マスクの時代「がむしゃらに生きる」と心に言い聞かせた。
[2022/4/24] 川﨑依邦の日々 [いつでも夢を持つ]
4月24日(日)16,653歩、歩行距離 11㎞。禁酒718日目。雨
7:30 小雨降る中、傘をさして公園4周
9:00~12:00 大阪CMOにて内務
14:00 いつもの理容店に行く。
いつものご主人はいなかった。
このご主人は、散髪の『名人』の資格を持っている。
ここのところ3回連続で顔を見ていない。
2月、3月は病気で入院。
その後カムバックしたものの、又もや入院したとのこと。
初めの入院中は、「何としても再び散髪のハサミ持つ」
との一心でリハビリに励み復活した。
ところがカムバック後10日間で足を骨折してしまった。
立ちっぱなしの仕事が影響したのであろうか。
「又カムバックできるように夢を持たせて下さいよ」
とご主人の息子に話しかける。
「そうですね。見果てぬ夢ですよ。
今年で93才ですからね。今までよくやりました」
「夢がないと生きている張り合いがないですよ」
「そうですね。正しく叶わぬ夢になりそうです。
それでも夢を持つということは、
本人にとって生きる証ですからね」
確かに、悲しい時でも辛い時でも、
いつでも夢を持つという事は、生きていく力になる。
家族でもコロナ禍では見舞いにも行けない。
ご主人は、独り病院のベッドで
「又、ハサミを持つ」と夢を見ている。
「できたら息子の散髪をしたい」と最後の望みを語っているそうだ。
・・・『最後の夢が叶うといいな』と念じるものである。
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