CONSULTANT DIARY川﨑依邦の日々

[2019/5/6]崩した血判の誓い

5月6日(月)

親分肌のリーダー― 事例A

 

(1) 崩した血判の誓い

トップは内心深く反省していた。「この事態を生じさせたのは、だれのせいでもない。オレの責任だ」。トップは創業のころを思い出していた。一緒に暮らしていた若いモンが、夜中に熱を出した。38度の高熱だ。どうしたらよいか、わからない。うろたえた。トップは家の仏壇に線香を上げて、一心に祈る。

「どうか助けてやって下さい」

トップの家は、そのころ貧乏だった。社員に給料を払った後で、家にはカネがない。すぐさまクスリを買いに走るわけにもいかない。「朝まで辛抱しろ。そうすれば病院に連れていくからな」と励ます。一心に祈って、ふと気付くと、線香が灰になっている。この灰を1つかみして、トップは熱を出している若いモンに飲ませた。「クスリや。これで熱は下がる」。不思議とウンウンうなっていた若いモンが落ち着いてくる。若いモンいわく、「ウチのオヤジは本物のクスリは飲ませてくれなかったが、生きる勇気を飲ましてくれたよ」。

反乱軍は、トップの説得でバラバラになった。血判まで押して臨んだ交渉であったが、バラバラになった。血判とは、1人ひとりが親指を傷付けて血で押した決意文である。

「要望が通らなければ1人残らず辞める」

この血判が崩れていった。親指を切り過ぎて血が止まらないほどであったという誓いも、トップの説得で崩れていった。心を入れ替えて、1から働くということになった。退職した所長もカムバックすることとなった。1からの出直しである。

A物流企業で起こった異変から、何を学ぶべきであろうか。それは物流企業の経営にとって大事なもの、部下からトップへの信頼、トップから部下の信用――といった心のつながりである。

心のつながりを具体化するものは、日々の実のあるコミュニケーションである。物流企業のトップ、リーダーは親分肌でなければならない。親分肌とは「オレの目を見ろ、何も言うな」の世界である。慕われるトップ、リーダー、頼られる存在、安心させてくれる存在のことである。理屈ばかり言っても、人は付いてこない。建前でも、人は付いてこない。部下の面倒をしっかり見ることだ。

つづく

カテゴリー: 経営コンサルティング活動の実話
| 投稿日: 2019年05月07日 | 投稿者: unityadmin

[2019/5/5]通じぬトップの思い

5月5日(日)

親分肌のリーダー― 事例A

 

(1) 通じぬトップの思い

ここ2カ年、トップは必死になって後継体制をつくろうとしてきたわけだ。そのためには、人材。社内で育成するといっても、現場出身者ばかり。創業時代はトップ自ら地下足袋履いて陣頭指揮の日々。「よく人が集められましたね」と問うと、トップは言う。

「そりゃあ大変でしたね。大阪・西成へ行って人をかき集めて、トラックに乗せて必死でやりましたよ。メシも家で食べさせてね。そのころは、生まれたばかりの子を抱えつ、家内が賄い婦ですよ。まあ飯場みたいなもんでしたよ。チンピラもいましてね。夜中にたたき起こされたことも、しばしばでしたね。チンピラがケンカして、他人を刺したとか、そういったことですよ。身元引受人になったりもしましたよ。」

かくして、徐々にトラックも増えていき、1人、2人と人も増えて200人の陣容となる。

ここ2カ年ばかりは後継体制の組織づくりということで、意識して現場には足を踏み入れないようにしてきた。「オレが行くと、人が育たない。ここは辛抱だ」。その代わり早朝6時過ぎには本社に出社して、メールを使って朝のあいさつを各現場に流してきた。

「親の心子は知らず」ということである。大企業からの人材採用は、現場出身者にないノウハウの活用である。

「そうでもしないと、果たして会社の組織がつくれるか。オレがいなくなっても大丈夫といえるか」。

トップの思いである。

反乱軍は、ここのところが分かっていない。

「会議すら、まともにやろうとはしないではないか。忙しい、忙しいと言って、会議すらできないではないか」

「給料が安いとは何を言っているか。10万円の賃上げ要求とは正気か。そんな要求して世間で通るとでも思っているのか」

回答期限が近付いてくる。トップは緊急の幹部会を招集する。10人の幹部が集まる。

◎コミュニケーションが本物でなかった。

この事態の原因の最たるものは、本社とのコミュニケーション不足である。形式的な血の通わない本社指示の連続が、こうした事態を招いてしまった。彼らの気持ちをよくつかんでいなかった。

◎回答は、ゼロ回答である。

10万円の賃上げは「ノー」である。全員辞めてもやむを得ない。その代わり、モヌケのカラとなった営業所の業務は、残ったわれわれで一致団結して乗り越えていこう。

以上の2つを確認した。トップは腹を決めた。「よしオレがいく。今まで現場に足を向けてこなかったが、オレがいく。オレがいってトコトン話し合ってくる」。丸3日間、連日夜11時、12時まで話し合った。回答はノーであるが、彼らの思いをトコトン聞いた。

つづく

カテゴリー: 経営コンサルティング活動の実話
| 投稿日: 2019年05月06日 | 投稿者: unityadmin

[2019/5/4]9人の反乱軍

5月4日(土)

親分肌のリーダー― 事例A

 

(1) 9人の反乱軍

創業して30年、中堅企業として地歩を固めてきたA物流企業に、会社始まって以来の異変が起きた。異変とは、営業所の会社員10人が所長を含めて、退職を申し出てきたことである。社長は衝撃を受けた。

「一体これはどうしたことか」

まず、所長が辞めた。退職を申し出て1カ月、懸命の慰留を振り切った。トップは「そこまで固い決意か。好きにしろ」と了解した。

所長の退職理由は、「自分で商売がしたい」とのことであった。異変の表面化は、これから始まる。後任所長の人選では、緊急事態として、本社から1人、所長代行として赴任させることに決定した。

その時、″反乱″としか言いようのない事態が出現した。残りの9人全員の退職申し出である。これから繁忙期に入るというタイミングである。あいくちを突き付けられたようなものである。9人の中には所長代理という幹部もいる。9人の申し出は、次のごとくである。

◎本社からの所長代行赴任は「ノー」である。

今さら本社の人間に来てもらいたくない。われわれは必死になって働いてきた。その時、本社の人間は、われわれを助けてくれたか。本社は書類をファックスで垂れ流しているだけではないか。本社からの所長代行赴任はノーである。

◎月額給与を一律1人10万円アップせよ。

月額給与を一律1人10万円アップしてほしい。アップの理由は、「それだけ働いている。給料が低い。断固として10万円上げてほしい」だ。

この2つのことが受け入れられないなら、10日後、全員退職する。回答してほしい。

9人の人員構成は所長代理と、後は乗務員である。平均年齢も30歳と若い。果たして給与は安いか。平均年収は550万円。業界水準からいって、安いとはいえない。年間総労働時間は、ざっと2,800時間。25歳の若者でも500万円の年収である。なぜ、10万円のアップという強硬なことを言うのか。

本社のスタッフは、大企業経験者で固めている。A物流企業は、創業から中堅企業へと成長するプロセスを模索してきた。プロセス、この2年間に人材紹介専門会社の斡旋で、大企業から人材を続々と導入している。その数は10人。全従業員200人の5%になっている。年収の5%の手数料と、紹介手数料として1人平均60万円ほどを掛けての人材投資である。

反乱軍の思いは、「オレたちは現場で汗を流している。オヤジは何を考えているのだ。わけも分からないものばかり本社に入れて、どういうことだ。働きもしない本社スタッフを支えるのはイヤだ。やつらを辞めさせろ。その分、オレたちの給料を上げてくれ」。

あいくちを突き付けての退職申し出である。トップはがく然とする。

「オレの思いは彼らに伝わっていない」

つづく

カテゴリー: 経営コンサルティング活動の実話
| 投稿日: 2019年05月05日 | 投稿者: unityadmin

[2019/5/3]つぶれるよりは……

5月3日(金)

捨て身の話し合い― 事例A

 

(1) つぶれるよりは……

A社長は勧告書骨子を実行することを決断した。経理も配車係の古参幹部も初めはとまどいの色をみせた。

「そんなことができるのか」

「そこまでしないと会社は存続しないのか」

一方、労働組合は抵抗した。ところが最終的には合意した。決め手は勤続20年のベテランドライバー5人からの協力申し出である。

「先代にはお世話になったし、2代目も学生のころからのつきあいだ。協力するよ。会社がつぶれてしまうのは悲しい。確かにつらいけど金で済むことだ。つぶれてしまうのはもっとつらい」

合意に当たっての労働組合の言い分は「A社長、もっとがんばってくれ、もっといい仕事とってきてくれ。われわれドライバーはハンドル握ってがんばるよ」だった。

A社のケーススタディが示すものは、トップの捨て身戦法の迫力である。″身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ″ということである。

以上

カテゴリー: 経営コンサルティング活動の実話
| 投稿日: 2019年05月04日 | 投稿者: unityadmin

[2019/5/2]切るか削るか

5月2日(木)

捨て身の話し合い― 事例A

 

(1) 切るか削るか

A社の現状は数字をみれば分かる。大きな壁に直面している。進めば進むほど赤字のドロ沼である。

労働組合いわく「赤字のツケをわれわれに押しつけようとしてもそれは無理だ。経営者には経営者の責任がある。何とかするのが経営者ではないのか」。

A社長いわく「何とかできないから話し合っているのだ」。

労働組合「今までも十分協力してきた。一時金の30%カットもOKしてきたし、賃上げゼロにも協力してきた。これ以上どうせよというのか。月の賃金も25~30万円で、生活するのにギリギリだ。独身者は何とかやっていけても、妻帯者は生活できない。妻をパートに出してやっと支えている」。

筆者はA社長の真意を確かめた。

「このままでは平行線です。社長はどうしても事業を続けたいのですか。ここまでくるとご破算にするという考え方もあります。ご破算とは事業をやめることです。利益のない仕事をいくら続けても無益です。スッパリやめるのも決断です」

A社長いわく「わたしがオヤジ、すなわち創業者だったら煮て食おうが、焼いて食おうがオレの勝手となって、キレイサッパリ手を引くことをしたかもしれません。でも2代目として、どうしてもわたしの代で会社をつぶしたくないのです」

そこで筆者は客観的な立場で勧告書を作成し、A社長と労働組合に提起した。

◎勧告書の骨子

当面の対策として下記の事項を勧告する。

①社長の報酬は月額150万円が100万円となっているが、さらに50万円にする。

②労働組合に対しては現行の給与体系を改革して成果主義の給与体系に移行することへの合意を求める。現行は主として基本給と諸手当(家族手当、住宅手当)、時間外割増手当で構成され、基本給は年齢給と勤続給で組み立てられている。成果主義の給与体系では基本給を仕事給とし、年齢、勤続では組み立てない。仕事について一本化した給与(職務給)とする。諸手当は属人給であり、全廃する。これに全廃した原資を組み込んで成果給を決定する。

成果を図るモノサシとしては評価制度を確立する。モノサシは量と質で構成する。量の基本は乗務員1人ひとりの個人別損益の把握である。そして成果給は会社割増賃金とする。法定の時間外手当と差額が発生すれば、その分差額分支払うこととする。

上記の①と②の当面の対策を実行して、まず黒字化を達成する。その上で社長の報酬も元に戻し、一時金の水準も元に戻すためには、″急がば回れ″のことわざの通り、原点、基本に立脚した組織風土づくりが不可欠である。

それは5S(整理、整頓、清潔、清掃、しつけ)の行き届いた職場づくりのことである。明るく活気のある職場づくりである。信頼で結び付いている組織風土づくりである。

この勧告書を実行すると、当面はどうなるか。勤続20年のベテランドライバーの給料は確実にダウンする。一方若手ドライバーはアップする。ベテランには不満が残る。A社長の情からしてもしのびないことである。一律に10%の賃金カットを強いていくよりは、企業としては活力アップという点で、成果主義の給与体系のほうが力を発揮する。″苦しい中でもやれば報われる″という給与体系が、成果主義の給与体系であるからだ。

つづく

カテゴリー: 経営コンサルティング活動の実話
| 投稿日: 2019年05月03日 | 投稿者: unityadmin