CONSULTANT DIARY川﨑依邦の日々

2025/8/13 川﨑依邦の日々「お墓参り」

8月13日(水)

本日は晴れ。

お墓参りに行く。

山の中腹にある。

先週4日、しりもちをついて左の脇腹に痛みが残る。

それでも川﨑家の父、母、そして長男晃弘に両手をあわせる。

「やっと来ました。どうかお守りください。」と頭を垂れる。

周囲はお盆のせいで人が多かった。

なかでも老女が杖をついてヨロヨロと

参拝しているのが目に入る。

私も一緒だ。

いつまで来れるのか。

出来るところまでいきたいと思った。

セミの鳴き声が耳に残る。

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| 投稿日: 2025年08月18日 | 投稿者: unityadmin

2024/9/17 川﨑依邦の日々「中秋の名月」

9月17日(火)

9時 訪問リハビリ。

15時30分 Zoomにて打ち合わせ。

朝の散歩では、いつの間にか季節が移りつつあるのを感じる。

枯葉も落ちている。

どこかで鈴虫の鳴く声が聞こえる。

朝5時頃は暗い。小さい秋を見つけている。

そういえばもう少しで彼岸の日がやってくる。

この時期は近くの公園で真っ赤に咲いた彼岸花を見ていた。

今年は見ることは叶わない(心の中で彼岸花を見る)。

今日は中秋の名月。

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| 投稿日: 2024年09月17日 | 投稿者: unityadmin

2024/3/5 川﨑依邦の日々 「完読」

3月5日(火)

9時 訪問リハビリ。

11時 A社長(愛知県)が来社。

14時 ZoomにてB社長と打ち合わせ。

この前の3泊4日の入院の際、「聖母病院の友人たち」を完読した。

この本に出てくるナースは人間味がある。1人1人の患者に寄り添っている。

ナースという職業は、きれいごとのみではない。排泄介助もある。

人の死と隣り合わせでもある。

患者が亡くなることもあるが、いちいち泣いてばかりもいられない。

プロの職業人として花も嵐も超えていく。

ナイチンゲールの看護スタイルを思う。

仕事の積み重ねで1つ1つ必死に最善を尽くすことだ。

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| 投稿日: 2024年03月05日 | 投稿者: unityadmin

2024/2/29 川﨑依邦の日々「まな板の鯉」

2月29日(木)

入院2日目。

障害認定は右手の調査が終わり、昨日に右足も済んでおり、これで終了。

身体障害者手帳の交付を受けることになる。

障害者の等級については今のところ不明。

明日(3/1)の内視鏡の大腸がん検査の準備が始まる。

まず夕食はおもゆとおすまし、リンゴジュースとなる。

さらにいつもの飲み薬は中止となり、

代わりに下剤と称して薬2錠と内服液一本。

効果てきめんで3/1の4時にはやわらかい便と5時には下痢となる。

朝5時過ぎに来たナースに聞くと、

「8時からの内服液はもっときつく、出しっぱなしになるよ」と言われる。

自分は初めての検査なので不安ではあるが、

「まな板の鯉」の心境になる。

3/1の朝食、昼食はなしで夕方からの検査に臨む。

3/2に退院の日を無事に迎える予定であり、それが希望である。

本日(2/29)は5時から2時間ばかり「事業承継」の本を読む。

「聖母病院の友人たち」のノンフィクション本は196ページまで読み進む。

退院の3/2までに完読したい。

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| 投稿日: 2024年03月01日 | 投稿者: unityadmin

2024/2/27 川﨑依邦の日々 「今年の桜」

2月27日(火)

13時より大阪事務所にて来客対応をした。

 

星野富弘さんの文と絵を読む。

彼は1946年、群馬県勢多都東村(現みどり市東町)生まれ。

1970年、中学校教諭としてクラブ活動の指導をしている中で頸髄を損傷し、

手足の自由を失う。

1972年、入院中に筆を口にくわえて文や絵を描き始める。

 

彼の本を手にするといつも「生きるということは奥深い」と感動する。

たとえば「寒さの中に咲く花がどうしてこんなにあたたかい色をしているのか」

と絵に添えてこう問いかけている。

自然の素晴らしさとしか言葉が思い浮かばない。

厳しい寒さを乗り越えて、春が生まれる予感がする。

彼はまもなく78歳になる。今年の桜も見ることができるだろう。

 

明日2月28日~3月1日までは入院する。

入院の目的は障害の認定と消化器(大腸や膵臓など)の癌の有無である。

今のところ自覚症状はない。

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| 投稿日: 2024年02月27日 | 投稿者: unityadmin