「人を活かす、経営に活かす」第31回
― 「無事故チャレンジ1ヶ年計画」事例 ―

A社は1年365日、24時間体制で稼動している物流センターを運営している。直面しているのは、物流品質の向上である。特に配送部門の事故ゼロの実現である。A社の物流センターは、食品を扱っている。定温・冷凍・冷蔵の3温度帯の食品である。配送部門のドライバーは深夜・早朝である、いわば夜中に働き、人が寝ている時間に稼動している。従ってドライバー不足に恒常的に悩まされている。ドライバー不足とは、求人しても人がこない、例え入社しても続かないといった量の不足だけでない。質にも問題がある。配送ドライバーの70%は独身者である。正式に結婚していない事実婚の人も含めて、既婚者は30%である。そのうえ、前借りする者も多い。サラ金にお世話になっているドライバーも30%はいる。追い詰められて自己破産したドライバーも数人だがいる。いわば生活面に不安を抱えているドライバーが多い。従ってA社では決められた給料日は、あってないようなものである。日払い、週払いのドライバーもいる。「日払いにすると、次の日出勤しなくなるのではないですか」こう質問すると、答えていわく「全額は払いません。50%払うのです」。

(1)職場風土の経営診断について

A社に対して職場風土の経営診断を実施した。診断方法は二つの面から実施した。一つは項目ごと(経営・安全・車両管理、運行管理、エコドライブ)のヒアリングである。あとは実際の事故データ、デジタコデータの分析である。ヒアリング内容として判明したことは、次の通りである。
  1. ドライバーの定着が悪い。優秀なドライバーは次々と辞めていく。その日暮しのドライバーが多い。基本的なこと(あいさつ、5S、報連相)ができていない。
  2. ドライバー教育ができていない。入社時の研修がおざなりである。事故者への指導も形式的である。事故状況も年々増えている。従って損保会社の自動車保険料の割引率は低い。
  3. 管理者、配車担当者が業務に追われている。管理者といってもドライバーの欠員補充で年中配送に追いかけられている。燃費管理ができていない。折角デジタコを導入しても、個人面談の時間をとっていない。燃費改善効果も思うほど出ていない。
  4. トップの弱気がある。「夜中に携帯が鳴って、ドキッとする。つくづくこの仕事は儲からない。できたら辞めたいよ」。
  5. 日々管理、計数管理ができていない。日々の収支状況は把握していない。その日の配車で、身動きがとれない状況となっている。実際の事故データの分析(表1参照 PDFファイル66KB)は、次の通りである。バック事故が9件(全体の事故件数の45%)である。内訳は構内での事故は8件、直線路で1件である。

(2)職場風土改善活動について

  1. バック事故の防止策
    「アット」「ハット」メモを開発する。狙いは、事故の芽をつぶすことにある。こうした活動は「無事故チャレンジ1ヶ年計画」(表2参照 PDFファイル36KB)の中でとりあげて実行する。安全マニュアルを作成する。特にバック時の一旦降車を義務づけている。輪止めも実行する。危険マップや「アット」「ハット」メモの冊子を作成する。

  2. 事故による損失計算の実施
    事故対応によって発生した人件費は、どれくらいかかったか。事故対応とは、事故トラブル処理時間・入院お見舞い・事故現場での立会い時間等の集計である。保険料コストはどれくらいかかるのか。車の修理代はどうか。荷主からのペナルティはどうか。更に重大事故となると、行政からの指導が強化される。陸運局や労働基準監督署がやってくる。こうした事故による損失計算は、全ドライバーに周知する。「無事故チャレンジ1ヶ年計画」の活動の一環である。

  3. 「無事故チャレンジ1ヶ年計画」について
    総責任者は社長とする。小集団ごとにチームリーダーを任命する。1ヶ月の準備期間を経て第1回の委員会を開催する。運輸安全マネジメントに即して、方針書を作成する。2ヵ月後には第2回委員会をする。実質上のキックオフである。取組内容を決める。点呼・安全スローガンの唱和・各種点検リストの活用・安全マニュアルの作成等である。3ヵ月後には各チームリーダーが宣誓する。そして本格スタートし、月1回のチームミーティングと委員会を積み重ねていく。1年後は表彰式である。「無事故チャレンジ1ヶ年計画」の成果はどうであったか。事故件数は対前年比40%減と大幅に減少した。無事故連続月が3ヶ月続いたこともある。事故費は前年と比して70%も減少した。重大事故がなかったことによる。実施した勉強会はチーム単位で行った。ヒヤリハット研修・危険予知トレーニング等である。全体研修としては「事故によってもたらされるもの」というテーマで、外部講師を呼んで行った。安全ドライバーチェックは、毎月実施した。

A社長いわく、「一人一人が成長できたことが大きい。自主的にチャレンジ計画に参画し、進め方を研究しデータの分析・アンケートシートの作成・教育プログラムの選定実施までのプロセスで一人一人の力が発揮されました。今後は更に、継続は力なりで2年目に突入します」。

以上