「人を活かす、経営に活かす」第22回
― ドライバー人材育成取組み事例10 ―

ホスピタリティとは物事を心、気持ちで受け止め心、気持ちから行動することである。サービスの原点である思いやり、心づかい、親切心、心からのおもてなしという意味である。語源は、ラテン語でhostisは“見知らぬ人”、hospitalisは“見知らぬ人をもてなす”という意味である。言うまでもなく物流業は、サービス業である。物流業のホスピタリティサービスの基本は挨拶、掃除、整理、整頓、しつけ、約束のことである。ドライバー人材育成の基本は、ホスピタリティサービスの向上にある。

◇ホスピタリティサービスの具体的ケーススタディ

A社(物流会社)の荷主からの声として、ホスピタリティサービスの満足度合について 様々なことが指摘された。

  1. ドライバーの中には、挨拶する人としない人がいて、マナーしつけレベルに差がある。
  2. 暗い顔のドライバーもいる。スマイルがない。
  3. ドライバーの中には言葉づかいのなっていない者もいる。
  4. 行動がダラダラしていて、制服もだらしなく着ている。    …等々

そこでA社では“挨拶日本一を目指そう”との基本経営方針を掲げてホスピタリティサービス向上運動に取組むこととした。毎月社内で“ミスター・ミス挨拶”を選出し、表彰制度を設けることとする。ミスター・ミス挨拶の投票用紙は、〔事例1 参照:PDFファイル26KB 〕の通りである。月1回の職場ミーティングの際に投票する。選出委員会にて集計し、ミスター・ミス挨拶を発表する。挨拶に心をこめるには声の大きさ、メリハリ、姿勢の正しさ、表情といろいろなチェックポイントがある。ミスター・ミス挨拶に選出された者は、写真を掲示する。そのうえで社内でビデオチームを編成してビデオに撮って全従業員に見せている。A社長のモットー、信念は“道は近きに在り。而るにこれを遠きに求む”(孟子の言)。この意味は「人の歩むべき道は近くにあるにも関らず、人々はわざわざ遠くに求めている」であり、人の歩むべき道、言い換えれば物流業の進むべき道は、近くにあるといえる。近くとは現場の足元のホスピタリティサービスの向上である。そこで“挨拶日本一を目指そう”となる。

ついでA社では、スマイル訓練と挨拶トレーニングを実施している。
  スマイル訓練は「豊かな笑顔のためのスマイルトレーニングシート」〔事例2 参照:PDFファイル27KB 〕を活用している。出社時、帰社時シートを読んで、鏡の前で行っている。始めは反発したり照れて しまってスマイル訓練を嫌がるドライバーもいた。「どうしてこんなことまでするのか。ハ ンドルを握って走るのが仕事なのに、イヤだなぁ」とくってかかる始末である。そこでA社長は個人面談をし、ホスピタリティサービスの重要性を諄々と迫力をもって語りかけていった。「君は禅の言葉で『いっせん一箭こう紅しん心』という言葉を知っているか」。聞かれるドライバーはキョトンとする。「紅心とは的の中心のことで、古代中国の的は中心が紅く塗ってあってね。一矢でこの的の中心を射抜くためには余程、日々の修練が必要だよ。日々の修練の一 つがスマイルだよ」。

挨拶トレーニングシート〔事例3 参照:PDFファイル27KB 〕も活用している。スマイルトレーニングシートと同じく出社時、帰社時に読んでいる。所要時間はせいぜい1~2分間である。継続して行うことに意味がある。こうした努力の中でミスター・ミス挨拶を選出し、写真やビデオに撮って生きた教材としている。A社の職場風土は確実に変化してきた。良い方に変化している。荷主からの誉め言葉がよく聞かれるようになった。

  1. 「いつもスマイルで、心のこもった挨拶をしてくれるドライバーさん。本当にありがとう」
  2. 「明るく生き生きしているドライバーに出会うと、こちらの心まで明るくなるよ」
  3. 「以前はしょっちゅうミスが多発していたけれど、本当にミスが少なくなってきたよ」

荷主の中には欲張りもいて、「お宅のドライバーをうちの社員として採用したいよ」と言い出す荷主もいるほどである。A社社長は、つくづく足元の大切さを思い知る。「なにも物流知識の難しいことや、しつけを押さえつけていくことだけが人材育成ではないなぁ。わずか1~2分のトレーニングシートを日々実践するだけのことでだ」(社長の言)。ところが日々実践の継続ができそうでできない。出社がギリギリで余裕のないドライバーもいる。それこそ1秒でも早く帰りたいドライバーもいる。そこで踏みとどまって鏡の前に立てるかどうかである。この踏みとどまってトレーングするか否か。この差がホスピタリティサービス力の差となってくる。ミスター・ミス挨拶を選出する目的は、職場の中での見本者をつくることにある。良い見本=お手本が職場を明るく活気溢れるものにしていく。日々のトレーニングシートの実践の目的は何か。それはしん心でん田かいはつ開発にある。日々継続することで心のタンボ=心田を耕やすことにある。実践を怠ると心田は確実に荒れてくる。日々のトレーニング(1~2分)によって心田は荒れることはない。言い換えればホスピタリティサービス(心田)は向上していくこととなる。

以上