「人を活かす、経営に活かす」第51回
~ 「入るをはかって出ずるを制す」―人材育成実践事例 ~

「ここのところ売上の落ち込みが大きい。このままいくと倒産の危機に直面する。どうしたらいいであろうか」。A物流業のトップの悩みは深い。

(1)A社の経営改革の実践事例

「入るをはかって出ずるを制す」という基本の経営原則がある。A社のトップは基本に立脚することで経営改革を行うこととする。具体的には新規荷主開拓とドライバーの物流品質向上への取組みである。物流品質向上は交通事故、クレームトラブルの減少に直結する。交通事故、クレームトラブルが減少することで経営コストが圧縮される。正に「入るをはかって出ずるを制す」である。

  1. 新規荷主開拓への取組み実践事例

    A社の強みと弱みは何か。強みと弱みを分析することで最適最強の戦略を立てる。SWOT(スワット)分析(表1:PDF13KB)を行うこととする。SWOT分析とは市場・業界の機会(チャンス)や脅威をつかんで進むべき方向性=戦略を立案することである。A社の強みは何か―20年にわたり主要荷物として繊維製品を配送している為、繊維製品に関する商品知識を乗務員がもっている。さらに同業他社が参入してきても、乗務員の商品知識がない限りスムーズに作業ができない。加えてA社の給与体系に強みがある。頑張ったら頑張っただけ報われる評価制度がある。A社の弱みは何か―特定荷主の依存率が70%となっている。荷主企業の専属車なので他社の仕事が受けにくい。A社のトップは1人で「配車係」「給与計算をはじめとする事務係」を兼任しているので、満足に営業活動ができていない。

    社外における市場・業界の機会はどうか。―荷主企業における同業他社では自家用トラックによる配送をしているところもあり、営業力の不足に悩まされている。

    社外における市場・業界の脅威はどうか―商品の単価が下がってきており、運賃の値下げ要求がある。こうしたA社の強みと弱み、市場・業界の機会や脅威をとらえて最適最強の戦略を下記の如く立てる。

    1. 乗務員の商品知識を活かし、繊維製品を扱う卸問屋及び自家用トラックにて配送を行っている企業への営業展開を行う。
    2. 自社の乗務員をセールスドライバーに育成し、着荷主先での乗務員による営業展開できる体制をつくる。
    3. A社トップのルーティン業務の軽減を図る。「配車係」や「事務係」のワンマン体制からツーマン体制にする。トップ営業ができるようにする。
    4. 運賃値引に黙って従うのではなく、荷主交渉力を発揮していく。つきつめていえばトップのルーティン業務を減らす。乗務員の商品知識力を活かして、セールスドライバー化するということになる。

(2)物流品質向上への取組み実践事例

セールスドライバー育成は、物流品質向上への取組みにかかってくる。A社の直面している経営危機は深まるばかりである。トップは腹をくくって物流品質向上に取組むこととする。

腹をくくるとは、ついてこれない乗務員にはやめてもらうということである。物流品質向上チェックリスト表(表2:PDF22KB)を活用する。

【全社スローガン】
経営危機を乗り切ろう。「入るをはかって出ずるを制す」
【月別スローガン】
営業情報案件を1人1件獲得しよう
全社スローガンと月別スローガンに基づいて個人別目標をかかげる

  1. スピード社速厳守
  2. ながら運転をしない(携帯電話、飲み物等)
  3. 制服の完全着用をする
  4. 挨拶は必ずする・丁寧な言葉づかいをする
  5. 着荷主に声を掛ける
  6. 積み忘れ・卸し忘れをしない
  7. 数量間違い・品種間違いをしない
  8. 商品の汚損をさせない
  9. オイル・水の点検をする
  10. 燃費効率の目標達成の為、エコドライブをする

毎日乗務員本人が自己評価する。5段階に分けて点数を記入する。トータル評価欄は上段に自己評価の点数、下段に満点時の点数を記入する。1ヶ月を集計して社長と個人面談をする。その際本人は1ヶ月分の活動結果や気付いたことや、会社への提案事項等を本人コメント欄に記入する。個人面談内容は社長が記入する。物流品質向上チェックリスト表は日々積重ねて月間で集計していき、社長と個人面談をする為のツールとして活用していく。「入るをはかって出ずるを制す」という全社スローガンの具体的取組みは企業と人をきたえていく。「どうしたらこの経営危機を乗り切れるか」と悩むだけではいけない。実践することである。1日1日コツコツと当たり前のことを全社員一丸となって取組むことである。単にうでをこまねいてひたすらじっと耐えるだけということでは、大不況は乗り切れない。前向きに日々実践を積重ねていくことである。大不況の今こそ企業も人も気持ちが引き締まり底力が出てくる。「自分は乗務員だからハンドルにさえ握っていればいい」ということではない。ハンドルプラスアルファの底力によって経営改革を成し遂げていくことである。大不況は企業と人を育成し発表させてくれるチャンスである。

以上