「人を活かす、経営に活かす」第48回
~賞罰制度事例~

「今年は前年と比して交通事故件数が30%も増えている。このままいくと大変なことになる」。A社長の危機感は深い。民間の損保会社での任意保険料の割引率は、大幅にダウンすることは避けられない。経営状況は厳しさの度を深めるばかりなのに、更に保険料のアップが襲いかかってくる。主要荷主からは経営合理化の要請がきている。「我社はかつてない不況に直面しています。物流合理化に取組みます。物流合理化へ向けて積極的な物流提案を要請します」。主要荷主からの通達文の骨子である。深読みすれば運賃の割引き要請である。あるいは投入車両台数の削減要請ともとれる。「どのようにして生き延びていくか」A社長の危機感は深い。しかも交通事故件数は多発傾向にある。「何としても交通事故を減らしたい」A社長の強い思いである。

(1)A社の賞罰制度の実践事例

交通事故を起こす者と犯さない者で、どのような差をつけているのか。A社では、これまでは無事故手当の10,000円がなくなるだけである。交通事故発生1件で無事故手当が飛ぶ。事故の大小によって無事故手当が支給されない期間に差がある。最長は1ヶ年としている。

  1. 損害賠償規定

    今までは無事故手当がなくなる最長期間は1ヶ年なので、最大12万円がペナルティ金額となる。「本人の責任度合はどうか。事故費はいくらかかっているか。これからの事故防止はどうするか」。このような点については不明な面がある。A社では、今まで社長の一存で決まるので不明なことがある。そこで損害賠償規定(表1参照:PDF121KB)を作成し実施する。給料と損害賠償規定は別である。損害賠償規定は、本人が会社に与えた交通事故の損害についてルールを定めたものである。損害賠償金額の査定にあたって、審議機関(A社では幹部会議)を設ける。審議機関は損害賠償金額を査定して社長に答申し、社長が最終決定する仕組みである。A社では損害賠償規定の実施に伴い、無事故手当は廃止する。無事故手当にかわって表彰制度を実施する。

    A社でのドライバーの反応は下記の通りである。「交通事故は起こしたくて起こすのではないのに、損害金額を取られるのは嫌だなぁ」。「今までは最高でも12万円なのに不安だ」。「もし損害金額が大きすぎて払えなくなったらどうするのか。会社を辞めるしかないなぁ」。総じて不安と不満が渦巻く反応である。これに対してA社長は説得する。「損害金額を取るのが目的ではないよ。如何にしたら事故を減らすか。この一心だよ」。「会社に損害を与えたら弁償するのは当たり前だよ。私の会社も荷主からはペナルティを課されているんだよ」。必死の説得である。損害賠償規定の施行に伴い服務規律を明確にする。事故を起こすと必ずA社長と個人面談する。事故原因を深く掘り下げて事故防止策を確認する。その上で始末書を提出する。A社では、1年間に3回の事故を本人の責任によって起こすと退職勧告する。2回目では後がないことをじっくりと確認し、3回目で退職勧告する。「事故多発者はプロドライバーとしての適正がありません。他の職業で活路を見出してほしい」。かつ3年間で4回の交通事故を起こすと同様に退職勧告することとしている。

  2. 表彰規定

    A社の表彰規定(表2参照:PDF90KB)について述べる。表彰期間は1ヶ年としている。個人表彰とグループ表彰と特別表彰がある。個人表彰は60,000円である。従来の無事故手当にかわるものである。年1回なので特別賞与として支給している。グループ表彰について述べる。小集団(6~7人)グループを編成している。小集団のリーダーを任命している。グループ表彰金額の源資は、前年と比較して事故費減少分の30%としている。前提として、前年と比して交通事故件数が70%になっていることである。グループ表彰にあたっての査定項目は次の通りである。

    a)月1回の定例の職場ミーティングは実施しているか
    b)トイレの清掃はローテーション通り行っているか
    c)車は愛車チェックリスト表に基づいてきちんと管理しているか
    d)制服はきちんと着用し、挨拶は気持ちよく行っているか
    e)会社行事(バーベキュー大会、忘年会等)には参加しているか

    査定に基づいて源資を按分する。小集団のリーダーには一般ドライバーよりリーダー手当として50%増額することとしている。

    更に特別表彰がある。走行km基準と勤続基準がある。特別表彰は上記の個人表彰、グループ表彰とは別である。表彰状と金一封としている。更に20年の無事故者には5日間の特別休暇と旅行を付け加えている。A社の賞罰制度は、褒めることと叱ることのバランスをとっている。叱るだけ(損害賠償規定)ではなく、褒めること(表彰制度)である。賞罰制度の本当の目的、真の目的はドライバーの育成にある。ドライバーの育成は、「安全」「無事故」をキーワードとして日々を積み重ねて、褒めることと叱ることとのバランスをとっていくことが王道である。

以上