「人を活かす、経営に活かす」第27回
― 個人面談の実施のよるドライバー育成事例 ―

A社のドライバーが、死亡事故を引き起こした。悪質である。どうしても寝つきが悪いので、缶ビールを2本飲んだ。そして4時間ぐらいの睡眠でハンドルを握り、その直後、一般道路で人身事故を引き起こしてしまった。午前5時の早朝である。相手は70歳くらいの老婦人で、自転車に乗っていたところをはね飛ばしてしまった。死亡事故、しかも酒気帯びということで、悪質である。法令違反も重い。

(1)運送事故防止対策活動の展開

A社の社長は、深刻な危機に直面する。このままでは、事業の継続に赤ランプが灯っている。どうして、こういうことになったのか。確かに死亡事故を引き起こす前の3ヶ月間、連続して月1件のペースで人身事故を発生させている。祟りとしか言いようが無い。「神社に行って、お祓いでも受けようか」と思っていた矢先の死亡事故である。そこで運送事故防止対策活動を展開することを、決意する。

【一.運送事故防止対策委員会の設置】

社長を委員長とする。仕事内容別に、小集団グループを編成する。長距離、地場とそれぞれグループ分けして、リーダー(委員)を選定する。委員は6~7名の小集団を担当する。運送事故防止対策委員会の目的は「無事故を目指し、物流人としてもモラルの高揚と物流品質向上の為に、常に改善を心掛け、成果を上げる」ことにある。活動内容として、

  1. 物流品質向上改善計画の作成
  2. 教育計画の作成
  3. ドライバー評価 年間管理システム
の3点を掲げた。月1回の委員会開催を定例化し、各2時間とする。議事録は即作成し、全社員に決定事項を周知する体制を確立した。こうした委員会活動の中で「物流品質向上改善計画表」(表1参照:PDFファイル55KB )を作成した。

活動期間は、6ヶ月とする。計画の骨子は人・物・管理の視点で作成されている。人は、ドライバー教育の徹底である。物は、トラック不具合の事前防止と輸送品質(延着・破損・誤配送防止)管理は、管理方法の見直しとドライバー教育記録の作成である。「物流品質改善計画表」に基づいて実行し、チェックしていくPDCAのマネジメントサイクルを回すこととする。PDCAのマネジメントサイクルを通して、物流現場の人材育成に取り組むこととしている。

「神社にお祓いを受けるだけでは、神頼みとなります。」A社長は、物流現場で働くメンバーの知恵と、工夫を引き出すこと=自力更正を誓っている。神頼み+人頼みといったところである。死亡事故を起こしたドライバーは、運転の緊張で頭が冴え渡り、寝ようとすると酒の力を借りないと寝れない日々という。本人はこれぐらいと思っていても、酒気帯びは重大である。如何に徹底して「安全第一」を体に染み込ませていくか。奇手妙手はない。「運送事故防止対策委員会」の着実な活動を、積み重ねることである。

【二.“チリを払わん。垢を除かん”のスローガンを掲げる】
この言葉は、一つとして物を覚えられない“シュリハンドク”にお釈迦様がお与えになった言葉である。「運送事故防止対策委員会」のスローガンとして社長が掲げた物である。“シュリハンドク”は、“チリを払わん。垢を除かん”という言葉を繰り返しながら、黙々と掃除することによって、誰にも負けない「悟り」の境地に達することが出来た。掃除をしている日々の積み重ねで、心のチリ、心の垢を取り去ることが出来た訳である。A社長は、この言葉は環境整備に通じるとし、活動の一環として、環境整備活動に取り組むこととした。環境整備とは規律・清潔・整頓・安全・衛生のこと。ポスター(表2参照:PDFファイル21KB )を作成して、周知徹底する。規律は、ルールには従うことである。その為に、服務規律マニュアルを作成し、全社員に配布した。服務規律チェックも、委員の役割として実行した。清潔は、プロは道具を磨きこむとし、車をキレイにする、服装(身だしなみ)きキチッとすることである。委員が交代して愛車パトロールを実行し、車を大事にしているかどうか、不要なものを置いていないかどうか点検する。服装は、出発時の点呼において、必ず確認する。整頓は、定位置管理を実行する。探すムダを省くことも狙いの一つである。マップを作成して、実行する。安全は、ハンドルを手ではなく心で握るとする。安全運転のポイントを、安全手帳として全社員に手渡す。安全手帳の目次は、

  1. 追突事故を無くす為に
  2. 事故防止の基本
  3. 安全確認の励行
  4. マナー編
  5. 安全と確認
  6. 夜間の走行について
  7. 冬、降積雪・冷結個所での注意
  8. 高速道路走行について
  9. 積荷等の落下事故防止
  10. 荷物事故対策
からなっている。 衛生は、「トイレはピカピカ」とする。社長を先頭に委員それぞれがローテーションを組み、トイレピカピカに取り組む。

こうした環境整備活動は、別の見方をすると、地に足の着いた現場の人材育成への取組み実践でもある。A社は物流業としてギリギリの、存続の岐路に立たされたことで起死回生の道に進むことが出来た。起死回生とは、自力更正とし、問題を解決する力は自社の現場にあるという想いの表現でもある。自社の現場が、物流品質向上改善の宝の山である。宝の山を死の山にしないと、A社長は深く自戒している。

以上