「人を活かす、経営に活かす」第10回
― サブタイトル ―

「うちの乗務員はさすらいドライバーの集まりだ。入社しても続かない。どうして乗務員育成に取組んだらいいのだろうか。」A社長の悩みである。A社のドライバーは仕事がハードのせいか(1年365日24時間の仕事体制のなかでドライバーの稼動時間は、深夜、早朝スタートで長時間(1コース12時間程度)となっている。)どうも続かない。しかもクレーム(誤配、遅延、破損等)が多発し、交通事故も頻発している。任意保険は割引どころか割増となっている。取引先の保険代理店云く「A社長のところはうちの儲けになっていません。損保会社を泣かせていますよ。これ以上事故が続くと保険の引き受け手が無くなりますよ。」

A社の乗務員育成の現状はどうか。慢性的なドライバー不足で入社してもじっくり教育していない。1日ほど現場を見学し、すぐさま横に乗せて2週間ぐらいでコースを覚えさせて、すぐ一人立ちさせる。教育係は特に決まっていない。その都度その都度、場当たりで決める。ひどい場合は1ヶ月後に退職の決まっているドライバーに教育係をさせる。どうせ退職していくドライバーはろくな事は教えないし、心もこもっていない。会社の悪口をしこたま吹き込んだりする。その上教育の基準がない。教育係りまかせである。ドライバーの職務基本と仕事の進め方の基準がバラバラである。A社長に言わせれば余裕がないとなる。時間とお金の余裕がないという訳である。「何しろすぐ辞めるドライバーが多いので制服も1ヶ月は様子を見ています。制服を渡してもすぐ辞めるので回収が困難なのですよ。」

(1)乗務員育成マニュアルの作成と活用

ドライバーの職務の基本と仕事の進め方の基準がバラバラであってはならない。どの教育係でも同一の基準でなくてはならない。余裕がないの一言で済まされる問題ではない。(もちろんA社長の気持ちは察してあまりあることではあるが・・・)そこで荷主の評価の高いドライバーの仕事手順をヒアリングして、マニュアルとしてまとめた。(表1参照:PDFファイル 29KB)仕事手順の基本を徹底すること、その為には教育係のチームを作って添乗指導にて仕事手順のマニュアルを新人ドライバーに実践することとする。2週間ではなく1ヶ月びっしりと添乗指導することとする。余裕はないと諦めるのではなく創ることだ。仕事手順の基本は挨拶にある。笑顔での挨拶である。身だしなみ、制服はキッチリすることである。誤配を無くす為には商品と伝票のチェックを必ず行うこと、破損を無くすためには荷扱いを丁寧にすること、かつ延着しそうなときは事前に配車担当及び荷主様に必ず連絡すること・・・。一つ一つ基本に忠実、“凡事徹底”をスローガンとする。“凡事徹底”とは当たり前のことを当たり前に行うことである。

(2)乗務員育成レベルチェック表の作成と活用

教育係のメンバーは月1回定例会議を実施している。乗務員育成マニュアルの内容を充実する為にミーティングを重ねている。このミーティングの中から乗務員育成レベルのチェックを6ヶ月ごとに行うことを決めた。新人ドライバーは1ヶ月の添乗指導で現場に正式に配属される。それから6ヶ月後に乗務員育成レベルをチェックする。乗務員育成達成レベルチェック表は表2(PDFファイル 95KB)の通りである。項目は仕事のマナー、車両管理、安全、物流品質、燃費効率、仕事の姿勢である。区分は本人と教育係である。チェック日を記入する。現状レベルをチェックする。本人と教育係の達成レベル(1~5段階)のギャップをすり合わせする。達成レベルは1→2→3→4→5(優)である。その上でさらに6ヶ月再チェックする為の目標を本人が記入する。目標についての再チェックを6ヶ月後に本人と教育係が行う。これの繰り返しを継続する。こうしたプロセスで優秀なドライバーを教育係に任命していく。乗務員育成は現場の仕事のなかで行っていく。教育係という模範ドライバーによって行う。言い換えれば模範ドライバーを育成することが、乗務員育成の目的である。

(3)乗務員育成の取組み成果

A社長云く「ここのところ定着率も良くなり、事故、クレームも大幅に減りました。乗務員育成マニュアルと乗務員育成達成レベルチェック表を現場で活用できるようになったことが大きい。」A社長は余裕のなさを武器にした。余裕のないことを嘆くのではなく、現場の力を引っ張り出して知恵と工夫をあみだしてきた。余裕がないからこそ一人一人のガンバリを引き出すしかないからである。マイナスをプラスに変える。ハンデがあるからこそ、ナニクソと言う闘志が生まれる。さすらいドライバーは単に職場をさすらっているだけではない。働く心が定まらず、さすらっている。働く心に芯を注入する。それが乗務員育成マニュアルと乗務員達成レベルチェック表によるコミニュケーションの積み重ねというわけでだ。乗務員育成の取組み成果は事故、クレームが大幅に減っただけではない。何よりも肝心なことは経営の核心がしっかりしてA社の経営活性化に大きく貢献したことである。

以上