vol.63

季節は巡るとはよく言ったものである。真冬の朝6時は真っ暗であったが、3月の声を聞くと人の顔も見えてくる。季節のリズムは正確無比に春、夏、秋、冬を巡ってくる。人生も色々なことがある。一見平々凡々たる日常に見えても、実は悲しみ、喜び、辛さ、嬉しさが織り成している。生きるということは色々なことがあるとしか言いようがない。

私の父は67歳でこの世を去った。1976年12月16日の朝、仕事へ行こうとして玄関でパッタリ倒れた。脳溢血である。その頃私は東京におり、第一報を聞いたのはその日の夜10時頃であった。新幹線の最終電車はすでになく、とりあえず行ける所まで行こうと列車に飛び乗ったのを覚えている。当時は携帯電話もなく、夜帰宅して伝言ということで父死亡のことを聞いたわけである。一瞬「悲しい」というより「えっ」という驚きの方が強かった。

次の日の朝、広島へ着くとすでに葬式の準備は終わっており、そのまま葬式に参加した。涙は流れるというより唖然とする想いが強かった。亡くなる少し前、11月3日に帰省し、久しぶりに父と酒を酌み交わしたばかりである。「自分は広島には帰らないよ。もし、どうしても帰れというのであればそうする」と父に伝える。父は「好きにしたらいいよ」と言ってくれた。もし、あの時に父が「お前は長男だから広島に戻って来い」と言っていたら、今日の私はなかった。全く違う人生を歩んでいたことであろう。父の一言の重みである。

父の人生とは一体何だったのか、と葬式の時に思いを巡らしたものである。真面目に死ぬまで仕事を続けていたこと、楽しみは仕事が終わってからの酒、おつまみも自分で作っていたこと。器用な人であった。父の人生も色々なことがあった。亡くなる前の日まで、父は自分が死ぬとは思いもよらなかった。突然あの世に行ってしまった。あれから早34年、春、夏、秋、冬と季節は巡った。人生は色々なことがある。色々なことがあっても、生きる限りは生き続けていくことである。