vol.52

春は別れと出会いが交差する。卒業=別れがあって入学、もしくは社会へと旅立つ。冬の寒さに別れを告げて、春へと新たなページが開く。人生は失うものがあってもすべて失う、ゼロにはならない。生きている限り次のページが開いてくる。筆者もしかり。

思い起こせば東京の大学生活に区切りをつけて、社会人の第一歩を記したときもひとつ失って、新たに得ることを実感したものである。失ったものは何か。自由な生活か?確かに寝たい時に寝て、好きなように日々を生きてきたが、社会人となるとそういうわけにもいかない。モラトリアムという言葉がある。猶予という意味である。社会に出ていかねばならないのに「学生」という身分で執行猶予=モラトリアムに安住していたような気がする。「さよならだけが人生だ」との感懐をもって、新たなページ=社会人へと進んだことを記憶している。終わったと思っても、新たな始まりがやってくるのが人生というものかもしれない。ひとつのことを捨てる、あるいは断念する、その繰り返しで成長していく。思い起こせば、捨ててこそ人は前へ進むことができる。「学生」という身分は捨てて「社会人」という立場を獲得する。絶望や悲しみは希望や喜びと紙一重かもしれない。深い絶望や悲しみに打ちひしがれていても、いつしか希望や喜びの芽が育ち花開いてくる。どしゃぶりの雨でもやまないことはない。いつしか必ず晴れてくる。人生は一本調子ではない。同じリズムばかりは続かない。一見すると平々凡々な歩みにみえて、実はそうではない。ドラマが内在している。別れと出会いの繰り返しである。波乱万丈である。

人生には節目がある。あのときこうしていればこうなったのかもしれない節目である。しかし人生には、もし(イフ)はない。なるようにしてなってきただけかもしれない。前へ向くことである。前途にこそ希望と夢がある。一歩一歩進むことである。

春を迎える度に「学生」から「社会人」へとステージをかえてきた青春が蘇る。心が前へ進もうとする限り「青春」は続く。