映画「おくりびと」を見た。2009年の日本アカデミー賞と本場のアカデミー賞(外国語映画賞)を受賞した作品である。心に残ったことは父と子、母と子、そして家族の繋がりである。主人公の父は6歳の時母を捨てて愛人と一緒に雲隠れしてしまった。主人公はもし父と会うことがあれば「なぐってやる」。主人公の職業は納棺を生業としている。30年振りに父死すの知らせがくる。「行きたくない」と拒絶する主人公。「行くべきだ」と勧める妻や、勤め先の女事務員、社長 ― 葛藤の末主人公は妻と一緒に行く。石文ということがある。遥か昔、言葉を持たなかった頃、人は自分の心、想いを石に託したという。主人公は6歳の時、父と石文を交わしていた。主人公は丸くて小さな石、純真で素直な想いの伝わる石である。父は四角張っている石、たくましく生きていけという想いがこもっている。主人公は30年間この石を捨てずに持っていた。納棺の仕事を父に対して行おうとしたまさにその時、固く握り締めた父の手からポロリと丸い石が転がってきた。石文は存在していた。父の忘れていた顔がよみがえってきた。
主人公の学生時代の友人は公務員である。友人の母は家業である風呂屋を営んでいる。友人は自分の母に向かって「風呂屋を辞めてマンションを建てよう」と勧める。母は「風呂に入りにくる人がいる限り続ける」といって1人で切盛りしている。風呂の湯を沸かす薪を運んでいる途中、母は死ぬ。仕事が人生である母の生き方、死に様に直面して友人は嗚咽する。「ごめんなさい、お母さん」。
自分1人で生きているのではない。生かされている。どんなに反発している父と子、母と子も心の奥底では命の繋がりがある。主人公の妻は納棺の仕事を嫌っていたが、主人公の父が死んだ時、夫の職業をキッパリと「納棺師」と告げる。主人公の父が握り締めていた丸い石は主人公の妻の大きなお腹、これから産まれてくる子にそえられる。映画のクライマックスシーンである。家族の繋がりを実感させるシーンである。