20才の頃に読んだ本で「持続する志」(大江健三郎氏のエッセイ集)というのがある。書かれている内容はあらかた忘れてしまったが、題名だけはしっかりと覚えている。20才の頃には持続しようとする志はあったか。あったような、なかったような、今となってはカスミかまぼろしの中である。少なくとも「志は持続したい」と強く念じたことは確かである。志は持続できているかといえば、今となっては答えようがない。しかし持続という言葉は心の奥深く大事にしている。どんなことでも、やりたいと念ずることは実行し続けることである。諦めずできるまでコツコツとやり続けることである。そういえば、20才の頃の志の一つに“どんなことがあっても生き抜く”を持っていたことを思い出す。自ら死ぬとか人生を諦めず、生命を大事にするという志である。「20才の原点」(高野悦子作)という本が当時の若者に広く読まれていた。20才の立命館大学の女子大生が自ら命を絶つ。遺稿集として出版された本が「20才の原点」である。その本を読んで大いに共感する所があったが「私はどんなことがあっても死なない」と強く思ったものである。“生きているうちは花である。死んで花が咲くものか”である。現在でも若者が自ら命を絶つケースをしばしば耳にする。硫化水素自殺等である。先行きに希望が持てなくて「人生にアバヨ」とするわけである。
先行きに希望が持てなくても、日々生き抜いていく。耐えていく。そのうち季節も変わる。何よりも諦めずに一つのことを続けていくことである。生命のある限り全力で生き抜くことである。苦しいことや辛いことがあるからこそ、嬉しいことや楽しいこともある。苦しさや辛さにヘコたれず、やるべきことをしっかりとやり抜くことで次のページが開かれる。「持続は力なり」と念じ続けていくことである。思えば20才の頃から約40年はるかに歩いてきたが、過ぎてしまえば一瞬である。これからも生命のある限り生き続けるという志は持続していく。
必ず次のページが開かれるということを信じて持続していく。