盆休みの目的の一つは、先祖や亡き父や母への墓参りにある。お墓の前で手を合わせることで、何を心の中に想起するか。手を合わせるということは目に見えないが、心の中で語りかけていることである。
思えば経営コンサルタントとして活動してこられたのも、両親のお陰である。この世に産まれ、今まで生きてきてこられたのは一人のみの力ではない。周りの人のサポート、生かされてきた訳である。とりわけ両親のサポートは大きい。両親は、自分の子供に期待をかけている。どの両親でも「健康に留意すること」、「自立して生活していくこと」こうした期待をかけている。それでは私の両親は、私に何を期待していたのであろうか。「金持ちになれ」とは言われたことがない。直接に「これをしないさい」とかどうとか言われたことはない。しかし故郷の広島を18歳で出て東京の大学に送り出してくれたことを思うに、「自分の力を信じて、思うようにやってみろ」ということであったのではないか。自分のやりたいと思う道をやればいいということである。ただし「途中で命を落としたりはするな」、「親より先に死ぬようなことにはなるな」との想いは、私に強く伝わっている。従って生き抜くこと、これというものがあれば全力を尽くすことが両親の期待である。果たして両親の期待に応えてきたであろうか。盆休みに墓参りをして手を合わせて、心の中で語りかける訳である。
こうした今までの生き方を省みるという姿勢は、必要である。日々の多忙の中で薄れてきていることを想起し、内省する瞬間は大切である。8月のお盆の墓参りはそうした瞬間である。人生に「もし」ということはないが、「もし」あのとき両親にこうすればよかったとかどうとか、色々頭をかすめることもある。“後悔先に立たず”とはよく言ったものである。両親が生きているときは、親孝行は何もしていないが、やはり「もっと親孝行したかったなぁ」と反省するわけである。墓参りでの両親からの無言の語りかけは、「しっかり体に気をつけて、生き抜いていけ。頑張れ」の一言である。