「花が咲いても咲かなくても日々の営みしっかりとする」この言葉の意味は何だろうか。
花=成果と捉えると花が咲こうが咲くまいが日々の営み、やるべきことをしっかり行うということである。あるいは花が咲かなくてもクヨクヨせず、日々の営みをしっかりするということである。どちらかというと後者のニュアンスの方がしっくりする。いいことばかりは続かない。むしろ苦しいことやストレスのたまる日々の積み重ねというのが、人生というものである。待っても待っても花は咲かない、けれども努力して努力して、ひょっとしていつの日か花の咲く日もある。したがって、ひたすら黙々と日々の営みを続けていくのが人生というものであろう。
誰しも幸せになりたいと願っている。それでは幸せとは何だろうか。幸せ=楽して生きるということではない。あるいは、幸せ=巨万の大金をつかむということではあるまい。なかなか楽して生きることはできない。更に大金持ちにもなれるものではない。それでは皆不幸かというと、そんなわけはない。幸せは心の中にあると信じる。心の中に幸せを感じるかどうかである。心の中が暗く沈んでばかりいると、幸せを感じることもできない。例えば、夕日を見ていて悲しいと心沈む人もいるし、美しいと感動し涙する人もいる。心の持ち方、あり様によって差が出てくる。心の持ち方、あり様を支えているのが日々の営みのしっかり具合である。日々の営みとは何か。きちんと3度の食事をする、適切な睡眠時間を確保する。こうした生活をしっかりして、花が咲こうが咲くまいがやるべき仕事を行うことである。それは花が咲くということは、太陽の恵みや、雨(水分)、養分のおかげである。感謝すべきである。ところが花は枯れていく。それでも季節が来ると花開く。こうしたリズムの繰り返しが生きていくというものであろう。「花が咲いても咲かなくとも、日々の営みしっかりとする」こうした心構えで日々を生きていきたいと切に念じるものである。