vol.30

『お母さん元気ですか。僕も元気です。』母へ手紙を書くとしたら、この一言しか浮かばない。実際は私の母は2000年9月27日に86才で死亡した。晩年は、病院や老人保健施設暮らしが10年位続いた。ほぼ1ヶ月に1回のペースで入所している施設へ見舞いに行った。初めはいつも『元気か?』の問いがある。次に『金はあるか?』『家族はどうか?』徐々に老いが深まり、最晩年はいわゆるボケが発生した。何回も何回もさっき話したことを繰り返す。完全ボケではないが、老衰ボケである。それでも『息子は元気か?』の問いがある。母の前に出ると、元気でなくても『心配しなくていいよ』と行動する。思えば、仕事のアレコレを詳しく話したこともない。

そもそも経営コンサルタントなる職業を、理解していたとは思えない。そんなことで仕事をして生活できるとは、夢にも母は思わなかった。母の感覚では、仕事とは汗をかく、どこかの会社に入って給料をもらうことである。母は現役で、70才位までは働いていた。子育ての期間は別として、色々と仕事をしていた。60才になって小さな食堂を始めて、70才位までやっていた。満席になれば10人程度、夜も22:00、23:00、24:00と続く。その日の流れで閉店時間が決まる。取り立てて料理を作るのが得意であったわけではない。60才になるまで、いわゆる接客商売はしていない。商売は休まないことというのが母の方針である。私の記憶でも年末に広島に帰省して、大晦日の除夜の鐘を聞きながら、母の食堂で時間を過ごしたこともある。ひたすら働くことが母の仕事の感覚である。それに比べて経営コンサルタントという職業は、母にとって不思議であったに違いない。とりたてて汗をかいているようにも見えない。人の相談に乗ってお金を貰うということが、果たして仕事になるのか。会社に勤めていなくても給料がもらえて、家族が養っていけるのか?したがって、『元気か?』『お金はあるか?』『家族はどうか?』の問いとなる。私としては『元気です。』と答えるしかない。心の中では『60才になっても起業できるか』と胸に問いながらである。