経営コンサルタント稼業は、活動を続けていくプロセスで鍛えられる。机上での研究活動ではなく、実際の現実に直面して磨かれる。陽明学の言葉「事上練磨」である。事の上=現実で練磨される。
80歳の経営者が、自らハンドルを握って筆者を送り迎えしてくれる。月2回の経営会議での経営指導のことである。送り迎えの車中で、経営者の本音を聞かされる。
「我が社には後継者がいない。」「私はもう、先行きは長くない。」
確かに経営会議では、息子(55歳)が専務として出席する。息子は公然と社長を非難する。「社長は口出ししないで貰いたい。」ところが、息子の専務は社業に全力で立ち向かう姿勢がない。毎日出社しない。出社は週2~3回のペースである。社長の焦りは深い。1年前には癌で大病し、奇跡の生還をしたばかりである。普通ならばとっくに引退して、息子にバトンタッチするケースである。ところが社長には、生へのあくなき執念がある。こうした場合、経営コンサルタントの活動スタンスはどうなるか。
筆者のスタンスは、自然体でいくことにしている。自然体とは、企業の永続=ゴーイングコンサーン(going concern)をテーマとして、対処するということである。社長は80歳といえどやる気十分であり、息子に譲る気はない。息子は息子であって、社長に文句を付けるが、自分が社長にとって代わろうとする気迫がない。そうすると経営コンサルタントは、宗教家でも予言者でもないので、「なるようにしかならない」と自然体でいくしかない。永続をテーマとして何をすべきか、具体的に問題提起していくしかない。その場合、経営者に交代を迫ったりしない。経営者のやる気の凄さは、経営コンサルタント活動で実感しているところである。一方、そのやる気が妄執と紙一重であることも、実感している。ケースごとに回答はある。何が正しくて、何が正しくないかは一概にはわからない。
「事上練磨」が求められる所以である。